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留学便り

岩澤先生のシンシナティ便り

2021.01.23

アメリカでのコロナパンデミック体験記 ver2

COVID-19による緊急事態宣言再発令など,日本の皆様も大変な時期を過ごしていることと思います.

アメリカは日本と比較にならないぐらいの感染の広がりですが,そこまで大きな混乱もなく,日々を過ごしています.コロナが終息するのはまだまだ先の話になりそうですが,アメリカで経験したコロナのビフォーアフターを少しまとめたいと思います.

これを書いている2021年1月23日現在,日本の累計感染者数36万人強に対して,オハイオ州の累計感染者数は86万人に迫り、死者数も1万人と5桁に達し,州内だけで日本全体の約2倍のペースを維持しています...しかし,大統領が変わった現在も,経済活動を守るために(?)緊急事態宣言が再発令される様子もなく,国の政策としては,とにかくワクチンをはやく広げて流行を鎮静化していこうとしている印象です.ちなみに,最先端の医療機関であるシンシナティ小児病院にもワクチンは次々に届いているようですが,基礎研究者である我々は接種順番リストの最後の方なので,接種の予定はまだありません.

ビフォーアフターで一番変わったのは,マスクの着用率です.ビフォーコロナの時代でも,日本では花粉症や感染予防等々でマスクの着用率が比較的高く,当たり前のようにマスク専用の棚がドラッグストアにありましたが,アメリカではマスクをしていると不審者と思われるので,日本人でさえ怖くて外でマスクをできない状況でした.コロナが広がってからしばらくの間も,マスクをつけない事は個人の権利というような雰囲気がありました.それが、不顕性感染者による感染拡大の抑制効果が指摘されてから急に国・州の方針が変わり,マスクの着用がほとんどの州において法で義務化され,健康上の理由でマスクをできない人や政治的な理由等でマスクを断固として着用しない人以外はマスクを着用しています.

また,教育体制も変わりました.いまだに100%リモートラーニングの州・地域もあるようなのですが,私たちの住んでいる地域では,新年度の開始は9月中旬に延期されたものの(通常は8月中旬),各家庭の希望を確認し,リモートラーニングと通学(face-to-face)の両方に対応する体制を整え,リモートが35%,通学が65%で始まりました.リモートラーニングの方は,学区内の複数の小学校のリモートラーニング希望者を集めて,リモート専門の先生とクラスを設けて進めているようです.私の子供たちは通学を選択しましたが,一クラスあたりの人数が減ったため,マスク着用の他,クラス内の机をソーシャルディスタンスの距離を保って配置するなどの工夫をしています(元々,一つ一つの教室の大きさがアメリカンサイズで日本よりも広いからこそできるというのはありますが...).それでもやはり,感染拡大が懸念されたクリスマス休暇前後の12月には一時的に全員がリモートラーニングになったり(写真1),娘のクラス内の近い子がコロナに感染したために,娘が濃厚接触者の扱いとなり2週間リモートラーニングになった時期もありました.その際には,必要教材一式を学校に取りに行き(ノートパソコン含めて)クラス内の授業にリモートで参加していました.しかし,私の娘のように,学校生活を通して判断した濃厚接触者の中から陽性者はほとんどいないというデータを根拠に(小学生の感染者はほとんど家庭内感染が原因),今ではオハイオ州全体として,学校生活を通して濃厚接触者と特定されることは原則としてなくなり(家庭内感染者がいる場合は自宅隔離),クラス内で感染者が発生しても感染状況の事務的な連絡と注意喚起が届くのみになりました.このように校内から感染者が出ても大きな混乱を起こさず,校内感染を最小限に留める対応,また,データを元に粛々と迅速に制度の改善を進めていくシステムには驚いています.

最後に,我々の職場ですが,バイオインフォマティクスを専門にしている研究者など,リモートワーキングできる人は今でもリモートで働いていますが,iPS細胞やマウスの実験は家でできないため,私はデータ処理等は家からしつつ,毎日出勤しています.会議やセミナーは全てオンラインに移行,マスク着用は必須,(体温や症状など)スクリーニング項目を毎日オンラインで報告することの義務化,共有設備(顕微鏡など)は消毒作業を入念にする,各々の机を離す,院内食堂のテーブルは基本1人ですわる,培養室などの小さな部屋は1人で使用する,などの変更はありましたが,9月頃には実験量がビフォーコロナの時代に戻っていた印象です.

今回,アメリカが「合衆国」という事を改めて感じています.州によってコロナに対する対応は様々で,もちろん日本のように人口密度等の要素はありますが、初期対応やその後の規制の強度や期間の違いにより感染の広がり方が州によって全く異なります.このように決定機関が細分化しているシステムは国に対する州だけでなく,学校制度にも浸透しているようで,国や州の教育委員会の決定や命令を待たずして,学区毎に様々な決定をして必要あれば制度を変更しています.感染が広がるスピードにはもちろんですが,経済・学校・マスク等,様々な場面で対応のはやさにも驚かされ続けています.これは、州単位(学区単位)で決断し実行するという,権力と体制が整っているというのも大きな要因だと思います.

今回はこの辺で。。。研究内容については....そのうち書きます!!

写真1:リモートラーニングする年長児

写真2:クリスマスの日は最高気温が-7℃で、家の暖炉に火をつけました

写真3:オハイオ川の対岸(ケンタッキー州)から見たシンシナティダウンタウン

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2020.06.14

アメリカでのコロナパンデミック体験記

前回の留学便りからあっという間に一年が経ってしまいました。コロナ禍で皆さんも大変な時期を過ごしていることと思います。

ご存知の通り、アメリカのコロナウイルスの広がりは他国を寄せ付けない圧倒的世界一位です。ニューヨーク州ほどではありませんが、シンシナティの属するオハイオ州も州内だけで感染者は4万人を超え、死者も2500人強 (2020年6月12日現在)と、いずれも日本全体の2倍以上です。新規感染者数は以前ほどではないものの、未だに100人/日以上のペースで増え続けています。今回は、アメリカで経験した、コロナパンデミックを自分の備忘録目的にも書いてみます。

2月:日本での流行、トイレットペーパーやマスクが売り切れているというニュースを聞きながらも、日本に帰国する方の送別会を3蜜の環境で開催したりして、まだまだコロナは他人事でした。
3月:アメリカ国内の感染者が報告され始めていましたが、コロナ検査をする体制が整っておらず、3月8日(日)までは州内の報告はゼロ。しかし、検査ができるようになった途端、爆発的に感染者数が増え、3月13日(金)には国家非常事態宣言、在宅勤務可能な人は在宅勤務を開始。3月14日(土)から学校は春休みに入りそのまま休校(結果的にそのまま夏休みになり年度終了。再開は8月中旬の新年度からの予定)、3月22日(日)のオハイオ州の外出禁止令を受けて、研究室に出入りできる人数を必要最低限にするように通達され、新規実験は止めました。これがわずか10日ほどの間に起こりました。
こういう時期に医療者として貢献できないもどかしさはあるものの、不要な外出で患者さんを増やさないように、自分ができることは休校になった子供たちと過ごしつつ、家で仕事をすることでした。仕事内容としては、データ解析、文献検索、研究費申請書作成などを進めていました。5月からはセミナーやミーティングがビデオ会議サービスを利用して再開され、自分の研究成果を70人ぐらいの発生生物学科の研究者にプレゼンする機会も与えられました。
オハイオ州知事は早め早めに外出禁止令を出したために、これでも感染拡大は他の州よりも抑えられているようで、外出禁止令も5月上旬に解かれました。研究活動も徐々にできる事が増えてきていますが、Social distancingを保ちながら、現在もシフト制(私は現在、夕方〜夜出勤)で研究しています。

コロナパンデミックに備えた医療体制の整備は国として遅かったと言わざるを得ませんが、その後の経済活動を停止する決断だけでなく、娘(小学3年生)の小学校のオンライン移行もとてもはやくて驚きました。もともとアメリカの小学校の授業はデジタル化が進んでいて、コロナ以前から、学校側が契約している計算ドリルやタイピングのプログラムを、パソコンを使って宿題として行っていました。コロナ禍を契機に、学校保管だった生徒用のパソコンも自宅に貸し出され、春休み明けの3月23日(月)からリモートラーニングが早速始まり、3時間/週ほど担任&クラスメイトとビデオ会議を利用して授業をしつつ、課題をパソコンでこなすという日々を過ごしていました。また、学校での給食を頼りにする子供もいるため、5月下旬に夏休みに入るまでは、小学生〜中学生を対象に3日/週、配食があり、アメリカンサイズと量の食料をもらっていました(写真1)。

また、アメリカもご多分に漏れず、トイレットペーパーなどの紙類があっという間に売り切れ、店頭の棚は空っぽという状態が続きました。1ヶ月半ぐらいのストックは元々あったので焦りはしなかったのですが、なくなっても困るので、4月上旬に「12ロール入り!」を、4月中旬に「ジャンボサイズ!」をいずれもオンラインで購入し(どちらも一応、大手オンラインショッピングサイト)、届いたものが(写真2)です。「12ロール入り!」が届いたのは6月上旬で、今となっては”Don’t buy!”というレビューコメントがついています。。。「ジャンボサイズ!」は届いたら業務用で我が家のトイレットペーパーホルダーには収まりませんでした。。。もはや「12ロール入り!」は「ジャンボサイズ!」の芯の中に収まります。苦笑。最近は、買い占めも落ち着き、店頭に普通のトイレットペーパーの姿が戻り安心しています。

長文失礼しました。次回こそは、研究内容について少し書きたいと思っています。
皆さんも健康に気をつけてお過ごしください。

週3回もらえる配食。これが1回分!

左:「12ロール入り!」、
中:アメリカスタンダートサイズ(それでも日本のより大きい)、
右:「ジャンボサイズ!」

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2019.04.15

シンシナティってどこ?
2018年4月より、アメリカ中西部のオハイオ州にありますシンシナティ小児病院の小児肝臓消化器部門、武部研究室に留学させていただいています。気づいたら、あっという間に一年が経ってしまいました。

今回は、シンシナティについて少し書きたいと思います。シンシナティと聞いて、場所がパッと思い浮かぶ方は少ないのではないのでしょうか?

シンシナティはアメリカ中西部にあるオハイオ州のコロンバス、クリーブランドに次ぐ3番目の都市で、州の南西端に位置します。シカゴから南に約500km(横浜-大阪ぐらいの距離)、ワシントンから西に約800km(横浜-広島ぐらいの距離)の所にあります。人口は約30万人(横浜の約1/10)で全米第62位(2010年国勢調査より)、最寄りのシンシナティ空港には日本からの直行便はありませんし、観光名所ではないので、日本人にはあまり馴染みがありません。メジャーリーグに属するシンシナティ・レッズは未だに日本人選手が所属したことない唯一の球団です。

しかし、この「大都市でない」という事が子連れ家族で留学生活を送るにあたっては結構重要なポイントでした。まず、物価が安い!…と言っても横浜と同じかちょっと安めぐらいですが、東海岸や西海岸の話を聞くと、シンシナティで良かったと思うことが多々あります。また、家賃もお手頃です。アメリカは経済格差が大きく、公立学校のレベルは住んでいる地域によって大きく異なります。就学児と一緒に渡米すると、お金を払って私立に行かせるとか、教育レベルが高い学区(大都市では高級住宅街)に住む事も考慮しなくてはなりませんが、シンシナティは教育レベルが高い学区の地域でも家賃は手に届く範囲内です。空気もきれいで、家のまわりには、野生のリス、ウサギ、アヒル、さらにはシカまでいます。

一方で、シンシナティは、1850年代にはオハイオ川の河港都市として栄え全米第6位であった歴史もあり、隣のケンタッキー州とインディアナ州にまたがる、人口200万人ほどの都市圏である「グレーターシンシナティ」エリアの中心都市で、全米最大のスーパーマーケットチェーンのKrogerや日本でもおなじみのP&Gの本社があったりもします(余談ですが、コンビニのLAWSONはオハイオ州にある酪農家のJames Lawsonが始めたお店が原点です)。花王など日本企業の支社などもあるので、グレーターシンシナティに住んでいる日本人は多く、グレーターシンシナティ日本語補習校(毎週土曜日)には約300人の生徒がいます(年中〜高校生)。こちらでの生活を始めるにあたっては、この日本人コミュニティーにとても助けられ、本当に心強かったです。

そんなシンシナティという住みやすい街に研究留学するという貴重な機会を与えてくださった伊藤秀一教授、また受け入れてくださった武部貴則教授を始め、送り出してくださった医局員の皆様には大変感謝しております。いずれ研究内容についても書きたいと思っていますが、基礎研究の経験値をさらに積んでからにさせていただきます!

研究棟

病院から北に広がる住宅街(自然?)

病院から南方面に位置するダウンタウン

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