医学会講演会



平成25年度 横浜市立大学医学会講演会


回数 演者 演題 期日
 1
(173)
松山 俊文 先生
長崎大学大学院医歯薬総合研究科感染防御因子解析分野・教授
IRF2遺伝子研究の最近の動向
 ⇒ 内容要旨
2013/6/26
 2
(174)
Dr. Todd C Sacktor 
Professor of Physiology and Pharmacology
Professor of Neurology
The Robert F.Furchgott Center for Neural and
Behavioral Science,Department of physiology, State University of New York Downstate Medical Center
Enhancing,erasing,and tracing long-term memory by targeting PKMzeta
 ⇒ 内容要旨
2013/6/28
 3
(175)
小野 陽 先生
Assistant professor University of Michigan
Depratment of Microbiology & Immunology
HIV-1 Assembly and Spread - Roles Played by phospholipids ,RNA, and Cell Polarity
(HIV-1の粒子形成と細胞間伝播-リン脂質,  RNA細胞極性の果たす役割)

 ⇒ 内容要旨
2013/7/31
 4
(176)
福永 浩司 先生
東北大学大学院薬学研究科
心血管系におけるSigma-1 受容体の発現と機能
 ⇒ 内容要旨
2013/12/13
 5
(177)
中村 万里 先生
大森赤十字病院呼吸器内科学副部長
Pulmonary Surfactant Lipids : As Novel compounds for anti-viral treatments
 ⇒ 内容要旨
2014/1/31



第173回横浜市立大学医学会講演会
演題 セレンディピティを呼び込む方法,逃がさない方法(NF-kappaB とIRF の研究から)
演者 松山 俊文 先生
長崎大学大学院医歯薬総合研究科感染防御因子解析分野・教授
要旨  演者の松山先生は研究では一貫してインターフェロン系や腫瘍壊死因子に関する最先端の研究を展開されている.また平成21年から昨年度まで長崎大学の医学部長を務められており医学教育に関しても大変に高名である.
 今回の講演では松山先生は『どうすれば良い研究成果が出せるのか』ということに関して,先生の過去の失敗や成功の例を踏まえて興味深い話をされていた.特にセレンディピティ『あてにしていないものを偶然に発見できる能力』を培うことが大切だと強調されており,少しだけ雑な研究をすること,できるだけ多くの研究技術を身につけること,素人のように考え玄人のように行動すること,他人のやったgenotyping を信用しないなど,知恵とユーモアに富んだ発表であった.またDNA の二重らせん構造の発見者であるワトソン先生との長年の友好の談話なども普段はなかなか聞くことのできない興味深いものであった.
 学術的な内容としては,最近PNAS に報告されたIRF2欠損マウスにおけるリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスへの易感染性の分子機序に関する発表は特に興味深いものであった.IRF2欠損マウスではインターフェロン刺激が過剰に入ってしまい,膵炎が起こる.この膵炎の誘導には膵臓腺房細胞が発現するTrypsinogen5という遺伝子が関与するとの報告であった.
 講演後には免疫学,微生物学,皮膚科学そして薬理学所属の教員や学生から多くの質問が出され,有意義なディスカッションが行われた. 
(文責 黒滝大翼)
主催 横浜市立大学医学会、免疫学教室
「横浜医学」64巻4号より転載
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第174回横浜市立大学医学会講演会
演題 Enhancing, erasing, and tracing long-term memory by targeting PKMzeta
(PKMzeta を標的とした長期記憶の増強・消去・追跡)
演者 Todd C. Sacktor 教授
Professor of Physiology and Pharmacology
Professor of Neurology
The Robert F. Furchgott Center for Neural andBehavioral Science, Department of Physiology, State University of New York Downstate Medical Center
(ニューヨーク州立大学,ダウンステートメディカルセンター,神経行動科学センター,生理学・薬理学教授・
神経科学教授)
要旨  Sacktor 教授は,Eric R. Kandel と共にAplysia( アメフラシ)の巨大ニューロンに着目してcAMP シグナル
と記憶との関係を見つけたJames H. Schwartz(Columbia University)の研究室で,Aplysia を用いた長期記憶の研究で学位を得た.その後,ほ乳類の長期記憶に移り,そのキー分子としてPKMzeta に着目し,独自の研究を発展させてきた.PKMzeta はシグナル伝達プロテインキナーゼPKCzeta のキナーゼドメインのみのアイソフォームであり,神経細胞でのみ発現している.Sacktor 博士は,この分子がalternative プロモーターの働きで転写レベルで誘導される事を見いだし,それ以降,マウスやラットを用いた薬理学的な解析,ショウジョウバエ等を用いた遺伝学的な解析など,多角的な研究を展開してこの分野をリードする研究を続けてきた(Nat Rev Neurosci,2011).
 今年になり,他の二つのグループから,PKMzeta のノックアウトマウスを用いて,PKMzeta は必須ではないと主張する論文がnature 誌に2 報つづけて掲載されるなど,この分野が未だに未解明の点が多いことがわかってきている.今回の講演では,長期記憶の研究の歴史から,彼自身のPKMzeta の研究の経緯,さらにPKMzeta の役割に関する未発表のデータを含め,上述の結果を踏まえた展望など専門家でなくとも大いに刺激されるすばらしい講演であった
(文責 大野茂男)
主催 横浜市立大学医学会、分子生物学
「横浜医学」64巻4号より転載
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第175回横浜市立大学医学会講演会
演題 HIV-1 Assembly and Spread ─ Roles Played by
phospholipids, RNA, and Cell Polarity(HIV-1の粒子
形成と細胞間伝播─リン脂質, RNA, 細胞極性の
果たす役割)
演者 小野 陽 先生
Assistant Professor University of Michigan Department
of Microbiology & Immunology(ミシガン大学医学
部 微生物学・免疫学教室)
要旨  今回の第174回医学会セミナーではミシガン大学医学部准教授の小野 陽(おのあきら)先生にご講演をいただきました.小野先生はエイズ発症の原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の粒子産生機構を世界に先駆けて解明され,HIV の基礎研究者の間では誰もが知る有名な先生です.今回の講演では,HIV とは何か,HIV はどのように細胞内で複製するのか等の基礎的事項を丁寧に解説していただいた後,小野先生が過去10年間にわたって研究された成果についてお話していただきました.
 HIV 感染細胞においてウイルス粒子は形質膜で形成されますが,なぜそれが形質膜だけで生じるのか,またウイルスの材料となる分子がどのようにそこまで運ばれるのかなどについてはほとんどわかっていませんでした.HIV がコードするGag はウイルス粒子の中身(コア)を形成する構造タンパク質ですが,細胞内においては55kDa の前駆体タンパク質として発現します.Gag はN 末にマトリックス(MA )ドメインをもち,このMA がGag の形質膜へのターゲティングに重要であることが知られていました.小野先生はMA に親和性の高い細胞膜物質をスクリーニングされたところ,形質膜に存在する酸性リン脂質であるフォスファチジルイノシトール4 ,5二リン酸( PI( 4 ,5 ) P2)が Gagときわめて特異的に結合することを見いだしました.実際にウイルス粒子産生がおこりやすい細胞膜マイクロドメインでは, PI( 4 ,5 ) P2 が大量に存在しており,Gagと PI( 4 ,5 ) P2 の結合がGag の形質膜への輸送と効率的なウイルス粒子の生産に寄与することがわかりました.また,小野先生の最近の研究において,細胞極性を有する活性化T 細胞では,Gag はPI ( 4 ,5 ) P2 が存在する細胞の後端の突起部に蓄積することを発見しました.実は,この後端の突起部は,ウイルス感染細胞と非感染細胞の接触部位にあたり,細胞─細胞間の直接的なウイルスの受け渡しに重要な役割を果たすVirological Synapse として機能することが知られています.実際に細胞内でのPI ( 4 ,5 ) P2の産生を阻止すると,後端の突起部におけるGag の蓄積とウイルスの拡散が抑えられることがわかりました.このことを利用すれば,ウイルス粒子を感染細胞から“出さない”方法を開発することが可能であり,HIV/AIDS に対するあらたな治療法の開発につながるかもしれません.
 今回の講演は,基礎的な内容で難しい部分はありましたが,研究成果がそのまま新たな抗ウイルス療法に役立つものであり,参加者の研究意欲を大きく駆り立てました.
(文責 梁 明秀)
主催 横浜市立大学医学会、微生物学教室
「横浜医学」64巻4号より転載
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第176回横浜市立大学医学会講演会
演題 心血管系におけるSigma-1受容体の発現と機能
演者 福永 浩司 先生
東北大学大学院薬学研究科 薬理学分野 教授
要旨  第176回横浜市立大学医学会講演会に東北大学大学院薬学研究科の福永浩司先生に,心血管系におけるSigma-1受容体の発現と機能についてご講演いただきました.
 Sigma-1 受容体はすべての細胞の小胞体膜に発現する2 回膜貫通型受容体です.福永先生は Sigma-1 受容体に結合するフルボキサミン(SSRI)や SA4503 を用いて,この受容体が IP3 受容体と結合して,ミトコンドリアへのカルシウム輸送を促進し,ATP 産生を高めることを発見しました.Sigma-1と結合するSSRI を使用している患者の心血管死亡率は低下することが知られていおり,このことから先生は,Sigma-1受容体アゴニストが心血管系に保護的に作用すると考え研究を進めました.先生は,vivo ではTAC(胸部大動脈縮窄術)による圧負荷心不全モデル,OVX-PO(卵巣摘出腹部動脈縮窄術)による閉経モデルを使用して,Sigma-1の役割を示してきました.いずれのモデルでも低下した心機能はSSRIを投与すると改善することが示されました.vitro でもsigma-1と結合するSSRI がアンギオテンシンII によって肥大させた心筋細胞にも保護的に働くことを示してきました.さらに血管の内皮におけるSigma-1の血管保護作用についてもお話しされました.Sigma-1と結合するSSRI は新しい細胞保護薬として注目されており,今後の発展が期待されるご講演内容でした.
 会場には薬理学講座,循環制御医学講座の先生方をはじめ,多くの大学院生にもご参加いただき,盛会に終わりました.
(文責:市川 泰広)
主催 横浜市立大学医学会、循環制御医学教室
「横浜医学」65巻1・2号より転載
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第177回横浜市立大学医学会講演会
演題 Pulmonary Surfactant Lipids : As Novel compounds for anti-viral treatments
演者 中村 万里 先生
大森赤十字病院 呼吸器内科学 副部長
要旨  肺サーファクタントの微量リン脂質成分であるPOPG(palmitoyl-oleoyl-phosphatidylglycerol)はCD14と結合することで,リポ多糖類(lipopolysaccharide;LPS)による炎症反応を抑制することが知られているが,その直接的な抗ウイルス作用については不明であった.今回演者らは,POPG が乳幼児の肺炎の原因となるRSV(Respiratorysyncytial virus)に直接結合し,RSV の気管支上皮細胞におけるウイルス増殖,および細胞変性,さらにはIL-6やIL-8などのサイトカイン産生を顕著に抑制することを見いだした.また,in vivo マウス感染実験により,POPG の経鼻投与を行うことによってRSV 感染および感染にともなうマウス致死を顕著に改善させることが示された.これらの成果はPOPG がRSV 感染症に対する直接的な予防・治療効果を有することを最初に示したデータである.さらには,POPG がin vitro およびin vivo においてパンデミックH1N1インフルエンザウイルス感染に対する感染抑制作用を有することも示された.それ故,POPGはタミフルなどの既存の薬剤に抵抗性を有するインフルエンザウイルスに対する阻害効果が期待できる.
 本研究は,ヒトが本来有するサーファクタントの成分が抗ウイルス作用を示すことを世界ではじめて見出した点に特徴がある.サーファクタント因子による直接的抗ウイルス作用は,ウイルスに対する生体の感染防御機構の一端を担っているのかもしれない.生体材料であるため,POPG を過剰に投与しても副作用がほとんど見られないということも特記すべき点である.
 講演後は参加者より多数の質問が出された.特に,POPG の作用機序やその免疫抑制活性が与えるウイルス感染への影響などについて質問が集中した.また,本研究の実用化に向けた取り組みなどについて質問があり,様々な視点からお答えいただいた.呼吸器ウイルス感染症に対するワクチンや薬剤の開発は,実際の患者数を考慮してもあまり進んでいないのが現状である.中村先生らの研究成果は,直接的な治療法のない医療分野において,基礎研究の成果を実際の疾患の予防や治療に活用することを目指した「Translational Research」であると言える.長年にわたり米国の研究機関でPrincipal investigator(PI)として活躍された女性M.D. 研究者である中村先生の講演は,参加者の心を刺激したようである.
(文責:梁  明秀)
主催 横浜市立大学医学会、微生物学・免疫学教室
「横浜医学」65巻1・2号より転載
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