医学会講演会



平成22年度 横浜市立大学医学会講演会


回数 演者 演題 期日
 1
(151)
Daniel L Kastner,M.D.,PH.D.
National Institutes of Health,
National Institute of Arthritis,
Musculoskeletal and Skin Disease 
Horror Autoinflammaticus
-Towards the Molecular Pathophysiology of Systemic Autoinflammatory Disease-
 ⇒ 内容要旨
 2010/4/20
 2
(152)
市瀬 史 先生
ハーバード大学医学部准教授
(麻酔科学)
NOとH2S-ガス状シグナル分子の医学応用
 ⇒ 内容要旨
 2010/6/9
 3
(153)
岩坪 耕策 先生
Assistant Professor
New Jersey Medical School University of Medicine & Dentistry of New Jersey Cell Biology and Molecular Medicine
皮膚がん細胞の遊走性におけるEpacの役割
 ⇒ 内容要旨
 2010/9/21
 4
(154)
佐藤 敏彦 先生
北里大学医学部教授
医学部附属臨床研究センター
副センター長 
エビデンスを提供する臨床研究計画の作り方 
 ⇒ 内容要旨
 2010/10/8
5
 (155)
Prof. Kun Ping Lu, M.D.
Professor, Department of Medicine
Beth Israel Deaconess Medical Center Harvard Medical School 
Prolyl Isomerase Pin1 Is A Novel Catalyst For Tumorigenesis And New Drug Target
 ⇒ 内容要旨
 2010/10/18
6
(156) 
植田 真一郎 先生
琉球大学大学院医学研究科
臨床薬理学 教授 
臨床的疑問に基づいた真の医師主導型臨床研究の実現を目指して 
 ⇒ 内容要旨
 2010/10/22
 7
(157)
習田 昌裕 先生
University of Pittsburgh
Cancer Virology Program Hillman
Cancer Centre Research fellow 
Use of Digital Transcriptome Subtraction to indentify A Human Tumor Virus 
 ⇒ 内容要旨
 2010/11/11
 8
(158)
Dr. Hans R. Schöler
Director and Professor
Department of Cell and Developmental Biology Max-Planck-Institute for molecular biomedicine 
Induction of pluripotency in adult stem cells 
 ⇒ 内容要旨
 2010/11/25
9
(159) 
松崎 典弥 先生
大阪大学大学院工学研究科
応用科学専攻 
細胞積層技術による三次元生体組織モデルの開発
 ⇒ 内容要旨
 2010/12/13
10
(160) 
黒谷 玲子 先生
山形大学大学院理工学研究科
バイオ化学工学 助教
肺における転写因子NKX2-1とその下流遺伝子SCGB3A2/UGRP1の役割
 ⇒ 内容要旨
 2011/1/7
11
(161)
Prof. Emilio Hideyuki Moriguchi
Federal University of Rio Grande
do Sul Graduate Course in Cardiology
循環器疾患の臨床研究最前線:
Atherosclerosis掲載論文
(センター病院心臓血管センター)の意義
 ⇒ 内容要旨
 2011/2/4
12
(162)
Fawaz G Haj, D.Phil.
Assistant Professor
Department of Nutrition
University of California, Davis
Regulation of systemic glucose homeostasis and energy balance by protein-tyrosine phosphatases
 ⇒ 内容要旨
 2011/2/4



第151回横浜市立大学医学会講演会
演題 Horror Autoinflammaticus
-Towards the Molecular Pathophysiology of Systemic Autoinflammatory Disease-
演者 Daniel L Kastner,M.D.,PH.D.
 National Institutes of Health, National Institute of Arthritis, Musculoskeletal and Skin Disease 
要旨  講師のKastner DL博士は自己炎症症候群の名付け親で,この領域の世界の第一人者であるとともに当教室の石ケ坪教授のNIH留学時代のラボメートです..今回,日本リウマチ学会(神戸,4/21-25)に招聘され,本学でも講演をいただく機会に恵まれました.主催の免疫・血液・呼吸器内科に加え,眼科,皮膚科の臨床系医師,免疫学,細菌学などの基礎系研究者,学生を含め約50名が聴講しました.
 多くのリウマチ疾患の病態は自己免疫機序により形成されると考えられてきましたが,臨床的には自己抗体も自己反応性T細胞も存在が証明されない炎症疾患の中には自己免疫と呼ぶには少なからず違和感を覚えるものがありました.Kastner DL 博士らのグループは1997年家族性地中海熱の責任遺伝子MEFVを同定し,,1999年にはTNF受容体遺伝子変異が周期性発熱疾患をきたすことを見出し,TRAPS(Tumor necrosis factor receptorassociated periodic syndrome)と命名し,Cellに報告しています.このとき,このような獲得免疫に依存しない炎症性疾患群に対し自己炎症症候群という概念を提唱しました.その後,細胞質内で炎症惹起に機能するinflammasome蛋白複合体の解明を機にここ数年ますます注目を集めています.講演ではinflammasomeを構成するNALPなどの遺伝子異常に基づく疾患FCAS,NOMID,CINCAなどの疾患を概説し, さらに昨年New Eng J Medに報告したIL-1受容体アンタゴニスト遺伝子変異に基づく新しい疾患概念であるDIRA(Deficiency in the IL-l receptor antagonist)について説明されました.最後にベーチェット病のゲノムワイドな遺伝子解析結果を紹介し,HLA-B51のほかに抗炎症サイトカインのIL-10が疾患感受性遺伝子として同定し,そのSNPとIL-10産生量の関連を検討し,機能的な面からの病態への関与を説明しました.
 講演後には「遺伝疾患なのに症状の周期性なのはなぜか」,「自己免疫疾患の原因も自己炎症にあるのではないか」,「持続的炎症は発癌機構につながらないか」など聴衆からも興味深い質問が出され,講演会は多いに盛り上がりました.
 私個人は個々の疾患の分子レベルの知識を得たことも確かですが,Kastner博士の研究はNIHのビッグラボでもあることから,,最新の機器,豊富な資金,優秀な人材に支えていることは間違いないでしょうが,それ以上に希少疾患を世界中から集めることのできるネットワークとアンテナ,そして的確に病状を把握する観察力,いわゆる臨床の力こそが新規疾患発見の基盤になっていることを改めて教えていただきました.
(文責 岳野光洋)
主催 横浜市立大学医学会,病態免疫制御内科学
「横浜医学」61巻4号より転載
ページトップへ


第152回横浜市立大学医学会講演会
演題 NOとH2S - ガス状シグナル分子の医学応用
演者 市瀬 史 先生
ハーバード大学医学部准教授(麻酔科学)
要旨  生体内の情報伝達物質として,ガス状分子,特に一酸化窒素(NO)や硫化水素(H2S)が近年注目されている.NOは血管平滑筋の弛緩作用を通して肺動脈圧をコントロールしたり,中枢神経系の可塑性を担ったりしている.H2Sは猛毒のガスとして古くから恐れられていたが,現在では哺乳類の体内で産生される重要なガス状伝達物質として認識され,その生理活性と医学応用の可能性に関心が高まっている.H2Sを用いた冬眠の研究も始まっている.
 本講演会では,NOおよびH2Sの研究で名高い,ハーバード大学医学部(マサチューセッツ総合病院麻酔科)の市瀬史先生をお招きし,これらのガス状分子に関する最新のトビックスについてご講演いただいた.
 NOに関しては,肺障害に対する最近の臨床データや,心筋梗塞に対するデータ,神経保護に関するデータなどが紹介された.人工的NOドナーの開発はいくつかの企業が手がけており,競争の激しい分野のようである.H2Sは様々な障害から細胞や臓器を保護することが報告されているが,特にH2Sによる心筋虚血再灌流障害の軽減は多岐にわたるモデルで明らかにされている.虚血再灌流障害に対するH2Sの臓器保護のメカニズムとして抗酸化作用,抗炎症作用,代謝率抑制作用, ミトコンドリア機能の保護,KATPチャンネルの活性化,prosurvival pathwayの活性化があげられる.H2Sの有効性を心肺蘇生モデルで検討した市瀬先生のオリジナルデータも紹介された.(文責 後藤隆久)
主催 横浜市立大学医学会,生体防御・麻酔科学
「横浜医学」61巻4号より転載
ページトップへ



第153回横浜市立大学医学会講演会
演題 皮膚がん細胞の遊走性におけるEpacの役割
演者 岩坪 耕策 先生
Assistant Professor New Jersey Medical School University of Medicine & Dentistry of New Jersey
Cell Biology and Molecular Medicine
要旨  平成22年9月21日(火)に第153回横浜市立大学医学会講演会を行いました.演者は本学9年卒で,現在ニュージャージー州立医科歯科大学でAssistant Profcssorをされている岩坪耕策先生にお願いいたしました.
 メラニン細胞の癌であるメラノーマは,非常に転移しやすく予後が悪いことが知られています.細胞内cyclicAMPにより活性化されるEpac(exchange protein activated by cAMP)はEpacl,Epac2のサブタイプがあり,多様な役割を果たすことが報告されていますが,メラノーマの転移における役割については未解明です.今回岩坪先生の研究グループが行っている研究テーマの1つである「Epacのメラノーマ細胞における発現および細胞遊走性について」の研究成果を講演していただきました.講演していただいた内容を要約しますと 1) ヒトメラノーマのTissue microarrayの免疫染色の半定量的解析から,Epac1の転移性メラノーマにおける発現は原発性メラノーマより有意に増加していること, 2) Epac1を刺激するとメラノーマ細胞の遊走性が上昇すること, 3) Epac1を過大発現した細胞では転移が増加し,Epac1の発現をノックダウンした細胞では転移が減少するという内容でした.以上の研究成果からEpac1はメラノーマ細胞において細胞遊走性を刺激し,転移を促進すると結論づけられてていました.
 以上の研究成果は予後不良なメラノーマの新しい治療法の開発に役立つことが示唆されます.会場には病理学,内科学,整形外科学,口腔タト科学の先生方が詰めかけられ盛大に終わりました.
(文責 奥村 敏)
主催 横浜市立大学医学会,循環制御医学
「横浜医学」61巻4号より転載
ページトップへ


第154回横浜市立大学医学会講演会
演題 エビデンスを提供する臨床研究計画の作り方
演者 佐藤敏彦先生
北里大学医学部 教授
北里大学医学部附属臨床研究センター 副センター長
要旨  北里大学医学部は平成19年度厚生労働科学研究費補助金・臨床研究基盤整備推進研究事業に採択され,「新たな治験推進活性化5ヵ年計画」において設置された全国10ヶ所の「治験中核病院」の一つとしての役割を担うことになった.これに伴い,平成21年4月に「北里大学医学部附属臨床研究センター(略称KCRC:Kitasato Clinical Research Center)」が設置された.佐藤敏彦教授は,北里大学医学部附属臨床研究センターの副センター長として,立ち上げと運営に尽力しておられる.医学部本院,東病院,北里研究所病院,北里メディカルセンター病院を始めとした関連各病院のネットワークを形成し,KCRCは治験実施の各種支援,治験効率化のためのシステム開発,研究企画やプロトコール作成,データ解析等の臨床研究実施支援,医師主導治験や臨床研究実施のための人材育成等の役割を果たしている.
 まず「本日のメッセージ」として,「ロジカルに生きる (少なくとも人と一緒のときには),問いながら生きる,当り前のことはない,個人の価値判断は多様である,集団の価値判断は統一しなければならない」を受講者に伝えていただいた.
 講演の内容には,エビデンスとは何か,EBMとは何か,EBMがなぜ必要か,EBMの方法,エビデンスを作る・伝える・利用する,医学研究の種類,なぜ研究をするのか,臨床研究とはなにか,EBMのための「問題の定式化」,リサーチクエスチョン(RQ)の定式化,研究計画の評価が含まれ,体系的にわかりやすく説明された.
 最後に,研究者の心得8カ条(林 周二「研究者という職業」)を紹介していただき,受講者は大変感銘した.「1.流行のテーマに惑わされるな,2.本質的なテーマに取り組め,3.周到な計画を立てよ,4.世に役立つことを研究せよ,5.活動の舞台は広く持て,6.優れた師を持て,7.他部門との積極交流に努めよ,8.視界拡大には研究環境の転換をはかれ.」
(文責 水嶋春朔)
主催 横浜市立大学医学会,社会予防医学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第155回横浜市立大学医学会講演会
演題 Proly1 lsomerase Pin1 Is A Novel Catalyst For Tumerigenesis And New Drug Target
演者 Prof. Kun Ping Lu M.D., Professor, Department of Medicine Beth lsrael Deaconess Medical Center Harvard Medical School
要旨  ペプチジルプロリルイソメラーゼ(peptydil- proly1 cistans isomerase protein: Pin1)は,本講演の演者であるProf. Kun Ping Luによって発見された因子で,セリン・スレオニンキナーゼによってリン酸化されたリン酸化Ser- Proまたはリン酸化Thr-Proモチーフを認識し,そのペプチド結合を異性化することにより,基質タンパク質の機能を調節する.
 本講演では,Prof. Kun Ping Luの研究により明らかとなった,癌化および加齢,特にアルツハイマー病におけるPin1の関与が紹介された.
 60のヒト悪性腫瘍のうち,38の腫瘍でPin1が高発現しており,Pin1の癌化への深い関与が示された.Pin1発現抑制状態では,c-Jun,NF-κBなどの転写因子,β-cateninなどの接着因子は機能不全となり,Pin1強制発現下においては,これらの因子を安定化しその機能が促進される.このように,Pin1は多くのシグナル伝達系を通して癌化を促進する.
 一方,Pin1の発現レベルを年齢を追って検討したところ,加齢に伴ってその発現レベルが減少することが判明した.また,Pin1発現レベル減少が通常よりも早い場合,早期老化につながることも判明した.さらに,Pin1発現抑制下では,アルツハイマー病の主要な特徴である,アミロイドβの過剰発現やタウタンパク質の異常蓄積が見られた.また,アルツハイマー病では,Pin1の発現が抑制されていることもわかり,アルツハイマー病へのPin1の関与が示された.
 癌特異的にPin1の働きの抑制,もしくは,神経細胞特異的にPin1を活性化をターゲツトとした,新たな創薬が可能であることを提示され,講演後は活発な討議がおこなわれ,素晴らしい講演会となった.
(文責 近藤麻美)
主催 横浜市立大学医学会,微生物学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第156回横浜市立大学医学会講演会
演題 臨床的疑問に基づいた真の医師主導型臨床研究の実現を目指して
演者 植田真一郎先生
琉球大学大学院医学研究科臨床薬理学 教授
要旨  現場からの臨床的疑問に端を発する臨床研究はよりよい診療のために必須である.信頼性のある結果を得るためには通常ランダム化割り付け,二重盲検法の採用,十分な検出力,客観性の高い,重篤かつ重要なエンドポイントの採用などが必要とされ,実現するためには試験実施基盤,人材,研究費などの点でハードルが高い.しかし既に承認された薬剤をもちいた治療法の効果(effectiveness)を比較する試験では,用いる試験デザインは新薬の開発における,薬効(efficacy)を評価する臨床試験と同じである必要は無く,試験の目標,すなわち解決しようとする臨床的疑問と整合性をもつ,現実的な試験計画(デサイン,治療介入,患者選択と除外など)が必要で,実現性のためにもロジカルなtrade offが必要とされる.例えば結果の信頼性に関してはランダム化比較試験が最上とされるが,安全性の評価などむしろ観察研究が適している場合もある.ただし誰を対象とするのか,どんなアウトカムで評価するのか,比較する治療はなにかに関しては明確に定義されなければならない.またどのようなかたちの臨床研究であれ,結果の信頼性と被験者の安全性を確保しなければならない.GCPは日本では新薬の承認申請を目的とした試験にのみ適用されるが,GCP適応外の試験においても研究者がこれらをどのように担保するか考慮する必要がある.適切な臨床研究の継続的な実施は診療のために必須であるが,そのためには医師の臨床研究者としての教育訓練を本来あらゆる教育機関において卒前卒後に実施するべきであろう.
(文責 植田真一郎)
主催 横浜市立大学医学会,臨床試験学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第157回横浜市立大学医学会講演会
演題 Use of Digital Transcriptome Subtraction to indentify A Human Tumor Virus
演者 習田昌裕先生
University of Pittsburgh Cancer Virology Program Hilllnan Cancer Centre Research fellow
要旨  世界中のがん患者の約20%は感染症が原因といわれているが,発がん性の病原体の数はあまり多く知られていない.新たな発がん性ウイルスの同定は,発がん性メカニズムの解明につながり,新たな治療戦略の開発に役立つと考えられる.習田博士はヒト皮膚がんの一種であるメルケル細胞がん患者検体を用いて本腫瘍の直接的な原因となる新種のウイルスを同定した.具体的には,Digital transcriptome subtraction(DTS)法を用いて腫瘍組織由来のDNAの配列を次世代シークエンサーを用いて決定したのち,バイオインフォマテイックスの手法によりヒト以外の配列を抽出し,病原体DNAデータベースとの比較により新種のポリオーマウイルスを発見した.この新種のウイルスは,アフリカミドリザルのポリオーマウイルスに類似しており,このウイルスがコードするT抗原に発がん性があることが示唆された.本研究は,米国の一流科学誌であるscience誌に掲載され,メルケル細胞がんの新たな発がんメカニズムの解明に大いに貢献した.ウイルスハンティングという一見古典的な研究が最新の科学技術により達成されたという,大変興味深く意義のある講演内容であった.講演後は微生物学,免疫学,皮膚科学および実験動物医学所属の教員や学生から多くの質問が出され,有意義なディスカッションが行われた.
(文責 梁 明秀)
主催 横浜市立大学医学会,実験動物医学,微生物学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第158回横浜市立大学医学会講演会
演題 Induction of pluripotency in adult stem cells
演者 Dr. Hans R. Schöler
Director and Professor
Department of Cell and Developmental Biology Max-Planck-Institute for molecular biomedicine
要旨  去る平成22年11月25日午後5時より医学部講義室にて,横浜医学会のご援助のもと,ドイツのミュンスターにあるマックスプランク研究所所長兼教授のHans R. Schöler博士の講演会を開催することができました.Schöler博士は,ゲッチンゲンにあるマックスプランク研究所のPeter Grüss博士の研究室において,iPS細胞の再プログラミング因子の一つである転写因子Oct4を世界で初めて同定,遺伝子単離した方で,その後一貫してOct4分子の研究に邁進してこられた方です.近年,ES細胞から卵子様細胞の誘導に成功し,さらに組織幹細胞からのiPS 細胞誘導の研究,また分化細胞をiPS化する際に必要な新たな再プログラミング因子の同定など,多能性,全能性に関する研究の第一人者です.ご講演は, 昨今多くの期待が寄せられているiPS細胞について,多くのこれまでのSchöler博士の研究室における研究成果を元に,臨床応用を本当に行なうためには何が必要か,ということを中心にお話して頂きました.例えば,iPS細胞の質の評価をどうしたらよいのか,という問題に対して,一般のキメラ形成能ではなくテトラプロイドキメラ形成が最も鋭敏な評価系であること,しかし当然ヒトの系について評価系としては使えないためヒトiPS細胞の質の評価をどうするかが最大の問題になることを指摘されておられました.またiPS 細胞を増幅している最中の遺伝子変異の可能性など,まだまだ実用化にむけて様々なハードルが存在することを詳細に説明されました.このことは逆に,Schöler博士らのグループがいかに真剣に臨床応用を模索しているかということが伝わったセミナーでした.講義室には予想以上の若手を中心とした聴衆が集まり,気さくな質疑応答が行われ,1時間20分を優に超えるセミナーとなり,医学会のご支援の成果を感じさせるセミナーとなりました.
(文責 大保和之)
主催 横浜市立大学医学会,組織学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第159回横浜市立大学医学会講演会
演題 細胞積層技術による三次元生体組織モデルの開発
演者 松崎 典弥 先生
大阪大学大学院工学研究科応用科学専攻 助教
要旨  第159回横浜市立大学医学会講演会に大阪大学工学研究科の松崎先生に,細胞積層技術による三次元生体組織モデルの開発についてご講演いただきました.ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立が報告され,再生医療だけでなく,医薬品の毒性・評価試験への応用が期待されていますが,生体組織は複数種類の細胞で構成され,種々の細胞が互いに相互作用することで組織としての機能を発現しているため,細胞単体で生体組織と同じ薬剤応答を得ることはいまだに困難な状況です.松崎先生は,iPS細胞技術とは別に,生体組織に類似の三次元構造と機能を併せ持つヒト組織モデルの構築技術の確立が重要であると考えられ,組織類似の機能を有する三次元組織モデルの構築を行ってこられました.松崎先生は,生体組織内の細胞間に存在する細胞外マトリックス(ECM)に着目し,細胞表面にECM成分のナノ薄膜を形成することで細胞間の接着を可能にして,細胞を自在に積層化できる細胞積層技術を開発され,その内容を主にご講演いただきました.ヒト血管内皮細胞とヒト血管平滑筋細胞からなる血管モデル組織の構築や,線維芽細胞や筋芽細胞,心筋細胞など,様々な細胞の積層構造を短期間で作製され,その手法や,積層細胞の特性の評価を示していただきました.これらの手法によって,複数種類の細胞を三次元で統合した生体組織モデルが構築できれば,医療・創薬・化粧品分野などへの応用が期待できると考えられます.松崎先生は医学分野の研究者と多く共同研究もされており,今後の発展が期待されるご講演内容でした.会場には臓器再生医学,外科,循環制御医学講座の先生方をはじめ,多くの大学院生や医学部生もたくさんご参加いただき,盛会に終わりました.
(文責:横山詩子)
主催 横浜市立大学医学会,循環制御医学
「横浜医学」62巻1・2号より転載
ページトップへ


第160回横浜市立大学医学会講演会
演題 肺における転写因子NKX2-1とその下流遺伝子SCGB3A2/UGRPlの役割について
演者 黒谷 玲子先生
山形大学大学院理工学研究科バイオ化学工学 助教
要旨  平成23年1月7日(金)にA209教室にて,第160回横浜市立大学医学会講演会を行いました.演者は,昨年平成22年8月まで循環制御医学教室の助教を経て,現在山形大学大学院理工学研究科バイオ化学工学科で助教として独立された黒谷玲子先生にお願い致しました.
 黒谷先生は,非常にユニークな研究者であり,面白いとおもった研究や役に立つと思う研究を分野の垣根を越えて研究されています.今回は,先生がNIHに留学されていたときから興味をもたれ,継続されておられる「肺における転写因子NKX2-1とその下流遺伝子SCGB3A2/UGRPlの役割について」ご紹介頂きました.転写因子NKX2-1は通常臨床ではTTF-1と呼ばれ,甲状腺や肺でのがんのマーカーとして利用されています.NКX2-1の欠損マウスの解析からNXk2-1の発現する組織である前脳,甲状腺,肺の発生が発生初期段階で停止することを先生の留学先の研究室で報告されています.先生は,この欠損マウスでは変化が著しいため,その後の解析が困難であることから,組織特異的なNKX2-1の欠損マウスをCre-LoxPシステムを利用して作製されました.さらに,tet-onシステムを利用し,組織特異的および時間特異的にNKX2-1の発現をコントロールする組織特異的で時空間制御NKX2-1欠損マウスを作製されました.これらの欠損マウスを利用したマウス胎仔肺の発生の解析から,NKX2-1が気管支分岐に伴う気管支上皮細胞の分化に関与していることを見出されました.また,NKX2-1の様々な遺伝子操作マウスの作製と同時にその下流因子であるSCGB3A2/UGRPlの肺における役割についても検討され,SCGB3A2が肺発生に関与することの他,疾患モデルマウスを作製し,気管支喘息にともなう肺炎を抑制することや肺線維症を改善させることなどについても明らかにされ,ご紹介頂きました.基礎研究が応用に結び付く可能性を期待させる内容で非常に興味深い内容であったと思います.当日は多数の先生方が詰めかけられ,活発な質疑応答が行われ盛大に終わりました.
(文責 奥村 敏)
主催 横浜市立大学医学会,循環制御医学
「横浜医学」62巻4号より転載
ページトップへ


第161回横浜市立大学医学会講演会
演題 循環器疾患の臨床研究最前線:Atherosclerosis掲載論文(センター病院心臓血管センター)の意義
演者 森ロエミリオ秀幸先生
ブラジル連邦共和国南リオグランデ連邦大学大学院循環器病学 教授
要旨  雑誌AtherosclerosisのAssociate Editorである森ロエミリオ秀幸教授から,動脈硬化と脂質異常の関係の総括ののち横浜市立大学附属市民総合医療センター心臓血管センターのグループの発表した臨床研究(*Atherosclerosis.2010;213:505-511)の意義について高い評価が行なわれた.森口教授は,コメンタリーとして,Finaly:Thc proof of concept- From animal studies, imaging and the clinical evidence of plaque rupture(Atherosclerosis 213(2010)367-368)を寄稿している.
 Finally, for the first time, a clinical study could demonstrate the patients who had received long term statin treatment (>1year) before the onset of ST-elevation acute myocardial infarction(STEMI) had a lower incidence of plaque rupture as detected by coronary intravascular ultrasound(IVUS) than those who had not(Otsuka et al.).Their paper showed that statin pretreatment was an independent determinant of a lower incidence of plaque rupture in the patients suffering from STEMI compared to those that did not receive such a treatment.
 These findings suggest that the beneficial effects of stains in reducing cardiac events may be in part explained by the prevention of plaque rupture, for long time linked to the acute coronary syndromes(ACS). Up to this date, there were many indirect evidences that plaque rupture could be related to the onset of ACS and that thc use of statins could decrease the risk of events by protecting the plaque from rupture,,however the direct evidence linking the usc of statins to the incidence of plaque rupture in humans was lacking. Thc aim of Otsuka's group study was to assess whether long term statin treatment before thc onset of STEMI influences thc incidence of plaque rupture as detected by IVUS. This was a very elegant way to show the proof of concept. Thc technique dcveloped by themselves was unique and very smartly chosen for this purpose.
 続いて,同センターの海老名俊明准教授から研究の成果について詳細な報告がなされ,質の高い臨床研究の成果について深い活発な質疑応答がなされた.
* Otsuka et.al: Impact of statin pretreatment on the incidence of plaque rupture in ST‐elevation acute myocardial infarction. Atherosclerosis.2010;213:505-511
(文責 水嶋春朔)
主催 横浜市立大学医学会,社会予防医学
「横浜医学」62巻4号より転載
ページトップへ


第162回横浜市立大学医学会講演会
演題 Regulation of systemic glucose homeostasis and energy balance by protein- tyrosine phosphatases
演者 Fawaz G Haj, D.Phil.
Assistant Professor,Department of Nutrition, University of California Davis
要旨  さまざまなgrowth factor signaling pathwayにおいて,Tyrosineのリン酸化が重要な役割を担っている.このリン酸化シグナルは, 2つの酵素によってコントロールされている.一つはリン酸化を促す酵素kinaseであり,もう一つは脱リン酸化を促す酵素phosphataseである..phosphatase familyはおよそ100種類同定されているが,当研究室ではその中でも初めてc1oningされたprotein tyrosine phosphatase 1B(PTP1B)をはじめ,Src homology2 domain-containing protein‐tyrosine phosphatase (Shp2)やT cell protein tyrosine phosphatase(TCPTP)に注目し,それらのgrowth factor signaling (insulin signaling)やendoplasmic reticulum stress(ER stress)|こおける役割を研究している.
 PTP1Bは2型糖尿病の治療のターゲットとして注目されている.しかし,PTP1Bのinsulin signalにおける役割,brown fat adipogenesisにおける役割はわかっていない.これらを解明するため,PTP1Bのmutantを数種類作成し,これらをadipose cell lineに導入.PTP1BがERKやAktなどを介しInsulin signalを抑制すると同時に,過剰なPTP1Bの活性化がadipogenesisを阻害し,これがPPARγを少なくとも部分的に介して起こっていることを証明した.そのほか,Shp2を肝臓や脂肪組織で特異的にKOしたマウスを用いた研究や,TCPTPをβ細胞でKOした研究などさまざまな技術を用いた最新の結果を発表した.
(文責 松尾光祐)
主催 横浜市立大学医学会,整形外科,微生物学
「横浜医学」62巻4号より転載
ページトップへ