医学会講演会



平成24年度 横浜市立大学医学会講演会


回数 演者 演題 期日
 1
(169)
Michael D. Weiden, M.S.,M.D.
Associate Professor of Medicine
and Environmental Medicine
Division of Pulmonary and Critical Care Medicine New York University    
“It is not just the airway: A possible role for vascular inflammation in dust induced lung function decline.”
 ⇒ 内容要旨
2012/4/10
 2
(170)
井上 正宏 先生
大阪府立成人病センター研究所 生化学部 部長
大阪大学大学院薬学研究科 環境病因病態学分野 招聘教授 
新しい癌細胞初代培養法の開発と応用
 ⇒ 内容要旨
2012/7/19 
 3
(171)
結城 伸泰 先生
シンガポール国立大学医学部 教授
分子相同性による自己免疫病の発症機序
 ⇒ 内容要旨
2012/12/13
 4
(172)
津田 誠 先生
九州大学大学院薬学研究院
医療薬科学部門薬理学分野 准教授

グリア細胞から見出した新しい慢性疼痛メカニズムと創薬への可能性
 ⇒ 内容要旨
2013/3/28



第169回横浜市立大学医学会講演会
演題 “It is not just the airway: A possible role for vascular inflammation in dust induced lung function decline.”
演者 Michael D. Weiden, M.S.,M.D.
Associate Professor of Medicine and Environmental Medicine Division of Pulmonary and Critical Care Medicine New York University   
要旨  米国では慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者数はすでに1400万人を超え,2030年までに第3位の死因になると予想される.COPD の増悪や発症の環境危険因子の主なものは喫煙と粉塵吸入である.2001年9月11日,ニューヨーク市を襲った同時多発テロによるWorld Trade Center(WTC)崩壊によって1000万トン以上の粉塵が放出され,COPD 自体の増悪やpH10以上の高濃度塩基性物質による気道熱傷を介した呼吸機能低下が引き起こされたと考えられている.今回Weiden 博士はWTC 粉塵吸入による呼吸機能障害の病態の核心に迫る新しい考察と,疾病増悪を早期に察知することを可能にするbiomarker などに関する講演を行った.
 2001年10月~2002年3月までにニューヨーク市消防庁(FDNY)に所属するrescue worker の92%にあたる12,781名がmedical program に登録され(そのうち1720名からは血清も採取),長期間にわたる追跡調査がされている.一秒量減少率の増加がCOPD の特徴の一つである.一秒量は通常20mL/年ずつの生理的減少があるが,WTC の場合,喫煙者で年間40mL 以上減少,21~40mL 減少,生理的減少の範囲内もしくは増加の各々のグループが3分の1ずつであった.呼吸機能良好な上位100名,不良な下位100名,random control 170名を抽出しsubgroup 解析したところ,元々予測一秒量76%以上の場合は有意な機能低下が起こらず,76%未満の場合に経時的低下があることが判明した.Weiden 博士らは各群間の呼吸機能低下の差異を反映するbiomarker が,WTC 粉塵暴露によるCOPD 発症/増悪高リスク群の補足を可能にすると考え,①増大する炎症性サイトカインの分泌,②脂質代謝異常(メタボリック症候群)による肥満の存在,③心血管系疾病(CVD)の存在,等々を反映する指標に着目し検証した.
①炎症性サイトカインとの相関について;
血清中サイトカインの網羅的精査によりGM-CSF とMDC(macrophage derived cytokine)が各々オッズ比2.50,2.95で一秒量低下と相関することが判った.さらに消防士の肺胞気管支洗浄液(BALF)中のGM-CSF とMDC も有意な増加を示し,BAL で得られた肺胞マクロファージをWTC-dust で刺激すると径2.5μm の小粒子よりも10‐53μm の大粒子の方がGM-CSF, IL-6, IL-10,TNFα の分泌を増加させることも明らかになった.
②脂質代謝異常との相関について;
BMI の増加が一秒量低下と相関した(Naveed et al,AJRCCM 2012).さらにメタボリック症候群の危険因子でもあるAmylin,低HDL 血症と高TG 血症,高leptin血症,頻脈などが一秒量低下とも相関する危険因子であることが判明した.
③ CVD 危険因子との相関について;
COPD における循環動態の変化として早期から肺血管床が減少することが知られている.CVD の危険因子が血管周囲を主座とする炎症を助長してWTC 粉塵暴露後のCOPD の増悪に寄与するという仮説を立て,コホート研究を企図した.非喫煙者の消防士801名のうち予測一秒量107%以上の100名(protected case),77%以下の100名(affected case)を選び,171名のsub-cohort control群として抽出後,有効利用できる血清の有無によりprotectedcase 68名,affected case 66名,case sub-cohort control93名に群分けして解析したところ,CRP,MIP-4,ICAM などのCVD のbiomarker が肺障害と相関し,逆にMPO,sVCAM,ApoB などが肺障害の発症抵抗性指標として,さらにprotease/anti-protease balance に関するMMP-1,TIPM-1も抵抗性指標のbiomarker となり得ることが示唆された.
 以上からWeiden 博士は粉塵暴露により惹起された肺胞マクロファージの機能異常が契機となり,さらにこれを脂質代謝異常が助長して肺血管障害に至ることにより,最終的に呼吸機能低下に帰結するという仮説を提唱し,さらなる研究により裏付けられるであろうとの見解を示した.
(文責築地淳)
主催 横浜市立大学医学会、病態免疫制御内科学
「横浜医学」63巻4号より転載
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第170回横浜市立大学医学会講演会
演題 新しい癌細胞初代培養法の開発と応用
演者 井上正宏先生
大阪府立成人病センター研究所生化学部部長
大阪大学大学院薬学研究科招聘教授 
要旨  がん臨床組織に由来するがん細胞株は,がん研究に必須の研究リソースとして大きな役割を果たしてきた.しかし,がん組織を構成している細胞の多様性・階層性の重要性が明らかとなった現在,がん細胞株を用いた解析の限界が明白である.がん臨床組織を用いた解析につきまとう量的限界などの根本的な問題を解決する代替法が強く求められている.
 最近がん臨床組織を免疫抑制マウスに移植して,マウスXenograftとして維持・継代する,Patient Xenograftラインが注目され,世界中でがん臨床組織バンクの構築が始まっている.さらに,がん組織を細胞接着を有した状態でがんスフェロイドとして維持・継代する新たな方法も開発されている.これら,がん臨床組織ラインは,がん臨床組織が有する個々のがんに固有な性質をある程度維持できる可能性があり,検討が進められている.理想的ながん臨床組織ラインは,がん研究のリソースとしての大きな意味に加えて,患者のがん組織に特有の性質の理解とその個別化医療への利用に向けて極めて大きな意味を持つ.
 大阪府立成人病センター研究所部長(阪大薬学研究科,傷兵教授)の井上正宏博士は,大腸がんの臨床検体を,細胞をばらばらにしない状態で培養する事により,がん組織における細胞の多様性を維持した状態でがんスフェロイドとして培養・維持・継代できる画期的な手法を開発した.この方法は,マウスXenograft での継代と併用する事も可能であり,上述したがん臨床組織リソース構築の基盤技術となる可能性がある.(Kondo J, Endo H,Okuyama H, Ishikawa O, Iishi H, Tsujii M, Ohue M, InoueM. Retaining cell-cell contact enables preparation and cultureof spheroids composed of pure primary cancer cellsfrom colorectal cancer. Proc Natl Acad Sci USA2011; 108:6235-6240.)
 本講演においては,この新しい培養法の実際と,その様々ながん腫への応用例をお話いただいた.さらに,この手法を用いて可能となる「がん臨床組織バンク」構想の進行状況についてもお話いただいた.
(文責大野茂男)
主催 横浜市立大学医学会、分子細胞生物学
「横浜医学」63巻4号より転載
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第171回横浜市立大学医学会講演会
演題 分子相同性による自己免疫病の発症機序
演者 結城 伸泰 先生
シンガポール国立大学医学部 教授
要旨  去る平成24年12月13日に横浜市立大学医学会のご援助のもと,シンガポール国立大学医学部内科教授の結城伸泰先生にご講演をいただきました.結城先生は一連の研究により,食中毒の原因であるCampylobacter jejuni 感染によって病原体に対する抗体が産生され,それが宿主の神経に存在する糖脂質に分子相同性を有することで,自己免疫的な機序によりギランバレー症候群(GBS)が発症することを世界ではじめて証明されました.講演では,結城先生が大学院時代に,下痢を前駆症状としたGBS 患者を受け持ち,その先行感染因子が下痢症や食中毒の主要な起因菌のC.jejuni であることを突き止められたことをきっかけに,C.jejuni 抗原の分子相同性による自己免疫がGBS の発症に関与するという仮説に至った経緯について詳しくお話いただきました.その後の免疫学的な解析により,C.jejuni 腸炎後に,GM1ガングリオシドに対するIgG クラスの自己抗体が上昇し,GBSが発症すること,また,生化学的な解析により,下痢を前駆症状としたGBS から分離されたC.jejuni の菌体外膜を構成するリポオリゴ糖(LOS)がGM1類似構造を有することを明らかにされました.その後,先生はコッホの3原則を証明すべく,GM1またはC.jejuni LOS をウサギに感作し,臨床的にも,免疫学的にも,病理学的にも,ヒトの病気と一致する疾患モデル動物を確立することに世界ではじめて成功されました.この動物モデルはその後,GBS や関連疾患の病態解明や新しい治療法の開発に活用されました.講演後の質疑応答では,会場の複数の臨床医や学生の方から活発な質問が寄せられました.セミナーの最後に神経内科学の田中章景教授から,臨床医は目の前の患者から学び,疾患の病態解明に向けた基礎・臨床研究を積極的に行うべきであるという訓示をいただきました.また,疾患モデル動物を作製する重要性やその意義についても補足をしていただきました.
 講演終了後は,医学部学生数名が,結城先生が最近執筆されたNEJM のレビューの別刷りにサインをお願いする姿が印象的でした.今回の講演は,臨床医学と基礎医学を結びつけるトランスレーショナルリサーチのお手本となるような秀抜な内容で,参加者の研究意欲を大きく駆り立てました.
(文責梁明秀)
主催 横浜市立大学医学会、微生物学教室
「横浜医学」64巻1号より転載
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第172回横浜市立大学医学会講演会
演題 グリア細胞から見出した新しい慢性疼痛メカニズムと創薬への可能性
演者 津田 誠 先生
九州大学大学院薬学研究院
医療薬科学部門薬理学分野 准教授
要旨  さる平成25年3月28日に横浜医学会のご援助のもと,九州大学薬学部准教授・津田誠先生をお招きし,講演会を行いました.
 痛みは危険を知らせる欠かせない知覚ですが,激しい痛みや長期の痛みは患者さんのQOL(生活の質)を低下させるだけでなく,社会的にも大きな損失をもたらします.慢性疼痛の中でも,神経因性疼痛はがん,糖尿病などによる末梢・中枢神経の損傷により発症し,異痛症を引き起こす事があります.本セミナーにて津田先生は,神経因性疼痛においては,意外にも痛みを伝達する神経細胞ではなく,脳や脊髄の免疫細胞である「ミクログリア」が,神経損傷後の脊髄で過度に活性化し,激しい痛みを引き起こすなどのその発症維持に深く関与すること,さらには,神経損傷後のミクログリアの活性化機序について紹介されました.
 痛みを伝える主力は神経細胞であり,情報伝達物質としてのATP も従来神経細胞との関係が研究されてきました.しかしながら,神経損傷後にはミクログリアが活性化し,イオンチャネル型ATP 受容体を過剰に発現します.ミクログリアはATP の刺激により,脳由来神経栄養因子やサイトカイン等の生理活性物質を放出し,近傍の神経細胞に作用することにより,異痛症を発症させると考えられます.この一連の研究により,十分な治療効果を発揮しない神経細胞を標的とした現在の治療薬に加え,ミクログリア発現分子を標的にした新薬開発へと繋がることが期待されます.
 さらに,本学免疫学の田村教授らとの共同研究により進めているミクログリア活性化における転写因子ネットワークなど,大変興味深い講演をしていただきました.津田先生の熱のこもった講演に加え,免疫学,薬理学などに所属する教員や学生から多くの質問が出され,また活発なディスカッションが行われました.
(文責西山晃)
主催 横浜市立大学医学会、翻訳後修飾プロテオーム医療研究拠点プロテオーム医療創薬研究会、
横浜市立大学免疫学教室
「横浜医学」64巻2号より転載
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