体の内と外を隔てる上皮細胞、神経伝達を担うニューロンなどでは細胞内の諸装置や分子群が実に秩序正しく空間的に配置されています。これを細胞が極性を持っているといいます。上皮細胞やニューロンの極性は、その上皮組織や神経系の機能発揮の基盤となっています。
球状のリンパ球や一見無秩序な形を示す繊維芽細胞なども、移動の際や活性化して実際に働く場合には、細胞の形が大きく変化し、細胞内成分や細胞膜成分の再配置を伴う大きな変化を伴います。その過程で、細胞の諸装置や分子群が秩序だった空間配置をとります。つまり、極性を示すようになるのです。ここでも細胞の極性は細胞機能発揮の基盤となっています。
細胞極性は、多細胞生物の身体を構成する細胞の日常活動の基盤であるということができます。したがって、その異常は多細胞生物の様々な機能に大きな影響を与えることが容易に推察できます。
しかし、どのようにして細胞の極性が生ずるのか。また、細胞極性が多細胞生物の発生や組織形成・再生やがん化などの細胞の病気に具体的にどのように関わっているのかと言う問題は、現代の医学生物学が明らかにすべき根本的な問題の一つとして残されています。
当研究室では、ここ数年来この細胞極性の形成・制御に関わる遺伝子群・タンパク質群の検索・同定・解析を研究室の総力をあげて進めています。この過程で、世界中の様々な専門分野の研究室との共同研究を積極的に進めています。これを通じて、細胞極性の形成と制御の機構を遺伝子・分子レベルで明らかにすることができると考えているからです。
さらに、細胞極性が多細胞生物の発生・再生や、がん化などの疾患に具体的にどのように関わっているかを明らかにすることも大きな目標としています。細胞の極性を生物学的に理解することにより、細胞の異常に起因する様々な疾患にきちんと対処する方法を見いだすことができるはずです。
細胞極性の遺伝子レベルでの解析は、1990年代からの線虫とショウジョウバエの非対称細胞分裂の変異体の解析に端を発しています。線虫の初期発生における非対称細胞分裂の変異体の解析がその代表です。もう一つは、ショウジョウバエのニューロンの発生に際しての神経芽細胞の非対称分裂の変異体の解析です。
細胞の非対称分裂に際しては、転写因子などの細胞の運命決定因子が非対称に分配されます。一連の解析から、この非対称分裂に先立って細胞が極性化しており、その極性化に必須の遺伝子があることがわかってきました。線虫のPAR 遺伝子群、ショウジョウバエの一連の遺伝子群が見つかってきました。しかし、それらの具体的な役割は未だにほとんど不明です。
上皮細胞は、組織の内と外とを隔てる最も大切な細胞であると同時に、発生過程における組織構築に際して死活的に大切な役割を果たしている細胞です。同時に、極性化した細胞の典型例でもあり、培養上皮細胞を用いた細胞極性の解析が1080年代から進められてきました。
その過程で、細胞極性を考える際に、最も大切な概念が提示されてきました。それは、上皮細胞が極性を有するためには、細胞と細胞の接着と、細胞と基質との接着が必要であるというものです。
プロテインキナーゼCファミリーの機能解析の一環として、プロテインキナーゼCのいくつかの分子種について、その結合タンパク質を網羅的に収集する作業を進めてきました。
その過程で、atypical PKC(aPKC)の結合タンパク質、ASIP (atypical PKC-specific interacting protein)を見いだし、その解析が、その後の大きな展開のきっかけとなりました。その後の一連の解析の結果次の様な事が明らかとなってきました。
上皮やニューロンを対象として、あらゆる方法論を用いて下記の問題にアプローチしています。
*進化の過程で保存された細胞極性制御システム「aPKC-PAR カセット」は、いかにして細胞の極性を制御しているのか?
*「aPKC-PAR カセット」を介するシグナル系は、既知の他の細胞内装置やシグナル系とどのように相互作用しているのか?
このような研究を通じて、細胞の極性が細胞の増殖、分化、細胞死、更には組織形成や組織再生、癌化その他の疾患と具体的にどのように関わっているかを分子のレベルで説明することを目指しています。
大野茂男 (ohnos@med.yokohama-cu.ac.jp)