「がん」領域

「翻訳後修飾の機能解析とその異常(細胞や組織の形を決める分子機構)」大野 茂男

1.研究の背景と目的

がん細胞の異常の一つに細胞の極性の異常がある。細胞極性は、幹細胞が幹細胞と分化した細胞に分裂するときの非対称分裂や、ほとんどのがんの母地である上皮組織の構成に必須の性質である。本拠点での研究と他の研究から、その制御(細胞極性シグナリング)の最上位で、aPKCというキナーゼ(蛋白質リン酸化酵素)を介したリン酸化が根源的かつ普遍的な役割を果たしていることがわかっているが,具体的な生物学的な機能および疾患との関わりは不明である。
本研究においては、aPKCを起点とする細胞極性シグナリングの生物学的な機能とがんを初めとする疾患との関連を明らかとすることを目的とする。

2.主な研究成果

1) 乳腺組織幹前駆細胞の増殖制御におけるリン酸化の生物学的機能
1)-1 がんの原因となっているErbB2の生理機能

幹前駆細胞、上皮組織およびがん幹細胞における細胞極性シグナリングの生物学的な役割を明らかとする目的で、組織幹前駆細胞およびがん幹細胞の解析が最も進んでいる乳腺組織でのaPKC遺伝子の特異的破壊を行った。このマウス(aPKCl-cKOマウス、独立2系統)は病理学的にADH (atypical ductal hyper-plasia)と診断される前がん病変を確実に発症した。この異常は乳腺組織前駆細胞の増殖亢進を伴った。驚いたことに、この増殖亢進の原因は、ErbB2の高発現が起きていることによるものであった。ErbB2は、増殖因子受容体構造を有し様々ながんで発現の亢進が広く認められ、その阻害抗体(Herceptin)が臨床で広く用いられている。最近では、がん幹細胞の増殖に深く関わることも明らかとなっている。しかし、その生理機能は不明であった。今回の解析により、aPKCはErbB2の発現の抑制を通じて、乳腺組織前駆細胞の増殖抑制を行っていることが明らかとなった。
1)-2 ErbB2の発現抑制機構(aPKC-TFX-ErbB2 axis)
上述したように、乳腺組織でaPKC遺伝子を特異的に破壊したマウスではErbB2の異常高発現を原因として、乳腺組織前駆細胞の増殖亢進が起きている。この異常の本態はaPKCの消失によりErbB2の転写の抑制が解除されたことに起因する。ここで、aPKCを介したリン酸化が死活的に大切な役割を果たしている。このプロセスには、転写因子TFXが関与していることも見いだした。つまり、乳腺上皮前駆細胞の増殖は、aPKCが媒介するリン酸化反応によりTFXを介したErbB2の転写抑制機構により制御されていることが明らかとなった。乳腺上皮前駆細胞の増殖を制御するこのシグナル経路をaPKC-TFX-ErbB2 axisと命名した。

2) がんにおける細胞極性シグナリング異常の本態
2)-1 乳がんのがん幹細胞におけるaPKC消失とaPKC-TFX-ErbB2 axisの破綻

乳がん患者における細胞極性制御因子aPKCの発現を調べ、60%以上の症例でaPKCの高発現を認めた(Kojimaら2008)。さらに、他の症例を詳細に調べたところ、全体の10%の症例では、aPKCが消失していることを見いだした。さらに、このような症例では、ErbB2の高発現とがん幹細胞マーカーALDH1の高発現が認められた。このことは、aPKCの消失がErbB2を介して乳腺がん幹細胞の異常増殖を導くことを示唆している。

2)-2 前立腺がんの再燃におけるaPKCの高発現とaPKC-IL6 axisの異常亢進

前立腺がん患者における細胞極性制御因子aPKCの発現を調べ、aPKCの高発現と再燃との相関を認めた。さらに、再燃のモデルとされる培養前立腺がん細胞を用いた詳細な機構解析を通じて、aPKCの高発現がインターロイキンIL-6の転写活性を通じてIL-6の分泌を促し、これが自身に作用して細胞増殖が異常となることを見いだした。aPKCの高発現とがんの悪性化は、がん細胞の普遍的な性質の一つであるが、その機構は全く不明であった。一連の結果は、前立腺がんの再燃の予想にaPKCとIL-6を使うことができることを示唆すると同時に、両者を標的とした治療の新戦略を与える。また、IL-6とがんとの関係を新たな視点で考え直すきっかけを与えた(IshiguroらProc Natl Acad Sci U S A106(38):16369-16374,2009)。

さらに、aPKC-IL6 axisの臨床的意義を検討した結果、これが前立腺がんの再燃と相関することを見いだし報告した(IshiguroらCancer Sci102:1576-1581,2011)。胃がんや乳がんでもaPKC-IL6 axisの存在を示唆する結果を得ており、これが様々ながんで働いている可能性が示唆される。

2)-3 胃がんの再発におけるaPKCの高発現とKIBRA-aPKC axis

胃がん患者における細胞極性制御因子aPKCの発現を調べ、aPKCの高発現と再発との相関を認めた。また、これまで胃がんの再発と相関する指標は知られておらず、診断面でも大きな意義がある(TakagawaらAnn Surg Oncol17:81-88,2010)。

2)-4 膵臓がんにおけるaPKCの高発現
膵臓がんの様々な症例について、細胞極性制御因子aPKCの発現を調べ、aPKCの高発現と予後との相関を認めた(KatoらCancer Sci,102:2029-2037,2011)。aPKCの高発現とがんの悪性化は、がん細胞の普遍的な性質の一つであることがますます確からしくなってきた。

3) 腎糸球体スリット膜維持における細胞極性シグナリングの異常
3)-1 慢性腎症(巣状糸球体硬化症)病態モデルマウス、スリット膜の維持におけるaPKCを介したリン酸化の重要性

腎糸球体ポドサイトに特異的なaPKC遺伝子破壊マウスを作製した。このマウスは生後すぐに腎症の症状を呈し始め、数週間で死亡する。様々な解析から、これがヒトの巣状糸球体硬化症に対応する。さらに、単離した腎糸球体ポドサイトを用いて、スリット膜の主要構成分子であるネフリンにPAR3を介してaPKC-PAR3複合体が結合すると同時に、aPKCのキナーゼ活性がネフリンの局在制御に関わることを見いだした。一連の結果は、aPKCによるスリット膜の構成分子のリン酸化の重要性と、その慢性腎症との関わりを強く示唆する(HiroseらPLoS One4:e4194,2009)。

3)-2 ネフリンサイクル仮説:ネフリンのエキソサイトーシス
単離した腎糸球体ポドサイトを用いて、スリット膜の構造蛋白質ネフリンがきわめて早く代謝していることをin vitroとin vivoで見いだした。ネフリンの合成と膜移行(エキソサイトーシス)、膜離脱(エンドサイトーシス)と分解のプロセスを解析した結果、膜移行(エキソサイトーシス)のプロセスにaPKCを介したリン酸化が関わる。

3.今後の研究方針

1) aPKC-TFX-ErbB2 axisの詳細解明を通じたがん幹細胞の増殖制御機構の解明と、その普遍性の検証とその診断、治療への展開を図る。
2) 様々ながんにおけるaPKC-IL6 axisの検証とその診断、治療への展開を図る。
3) aPKC高発現がんの分子機構の解明とその診断、治療への展開を図る。
4) ネフリンのエキソサイトーシスの分子機構の解明とその診断、治療への展開を図る。

 

「幹細胞制御における翻訳後修飾の解析」 谷口 英樹

1.研究の背景と目的

正常組織と同様にがん組織においても少数の “がん幹細胞(cancer stem cell)” が存在し、がん幹細胞が頂点となり階層的ながん細胞社会が構成されているとする「がん幹細胞システム」の概念が提唱され、注目を浴びている。本研究では、「がん幹細胞システム」の理論に基づき、がん幹細胞の特性を理解し、それを排除することががんの発生・進展や転移を克服しする革新的な医療技術の開発に繋がると考え、がん幹細胞システムの解明に取り組んでいる。そのため、本拠点で構築されている蛋白質等の網羅的解析系を活用しながら、消化器系臓器の発がんプロセスに関わるヒストン修飾 (翻訳後修飾) やがん幹細胞の治療抵抗性に関わる蛋白質の抽出を進めている。がん幹細胞特異的な分子群の抽出は、がん幹細胞を標的とした分子治療薬の開発や治療効果予測に有用なバイオマーカーの確立を進める上できわめて重要である。

2.主な研究成果

1) 肝幹細胞の自己複製制御機構の解析

肝がんの多くは、長期にわたる慢性炎症を介して幹細胞の過剰な増殖が誘導され、正常な幹細胞のヒストン修飾およびDNAのメチル化修飾などのエピジェネティクスが変化し、がん細胞特異的な修飾状態が形成されることにより進展している可能性がある。これまでに、肝幹細胞の自己複製制御の破綻が発がんプロセスに深く関与することを明らかにしており、自己複製に関わる様々な遺伝子群で形成されるヒストン修飾、DNAメチル化修飾は肝発がんのバイオマーカー候補となり得ると考え、研究を進めている。組織幹細胞の自己複製制御に関わる分子群としては、Wnt-β-catenin経路、Notchなどのシグナル分子群が特定されてきたが、近年、これらの分子と接点をもちながら、様々な標的遺伝子の発現制御を担う分子として、Bmi1やRing1B等のポリコーム群蛋白質複合体をはじめとするヒストン修飾分子群が同定されている。ポリコーム群蛋白質複合体はヒストンのメチル化修飾 (H3K27me3修飾) あるいはユビキチン化修飾 (H2AK119ub1修飾) を担いながら、幹細胞の増殖や分化に関わる遺伝子群の発現を統合的に制御し、幹細胞の自己複製に関与することが明らかになりつつある。また、様々ながんにおいて、ポリコーム群蛋白質の異常発現が観察されている。そこで、ポリコーム群タンパク質複合体を介した肝幹細胞の自己複製制御機構の解明を試みた。

1)-1 肝幹細胞におけるポリコーム群タンパク質Bmi1の機能解析

肝幹細胞を対象として、ヒストン修飾因子であるポリコーム群タンパク質Bmi1の役割を検討した。肝幹細胞においてBmi1を過剰に発現させると、過剰なな自己複製が生じて肝癌に至ることが明らかとなった。 (Chibaら2008;Aokiら2010)。

1)-2 肝幹細胞におけるポリコーム群タンパク質Ring1Bの機能解析

ポリコーム群タンパク質Bmi1を介した肝幹細胞の自己複製制御機構を明らかにするため、ポリコーム群タンパク質複合体の構成因子のうち、Bmi1と相互作用を行いながら転写抑制性ヒストン修飾(H2AK119ub1修飾)に関わるRing1Bの機能を肝幹細胞で検討した。その結果、Ring1Bは肝幹細胞の自己複製に必須であることが明らかとなった(Koike, Ueno, TaniguchiらHepatology, 60(1):323-33, 2014)。Ring1Bによるヒストンのユビキチン化修飾は、肝幹細胞でサイクリン依存性キナーゼインヒビターCdkn2aとCdkn1aの双方の発現を抑制し、肝幹細胞の未分化性を維持した増殖に必須であることが明らかとなった。

1)-3 肝幹細胞におけるポリコーム群タンパク質Ezh2の機能解析

ポリコーム群タンパク質Ezh2はヒストンのメチル化修飾(H3K27me3修飾)を介して、幹細胞の分化制御因子の発現制御に関わるとされている。また、様々ながん (乳がん、胃がん等) の発癌過程おいて過剰発現が報告されており、幹細胞システムとがん幹細胞システムの双方で重要な役割を持つ可能性がある。肝前駆細胞でEzh2の機能を検討したところ、肝前駆細胞はEzh2の発現レベルとH3K27me3の修飾レベルが高いことが明らかとなった。肝前駆細胞でEzh2のメチル基転移酵素(SET)ドメインを欠損させると、H3K27me3の修飾レベルが低下し、細胞増殖と細胞分化の双方が阻害されることが明らかとなった。肝前駆細胞の増殖・分化において、Ezh2を介したヒストンのメチル化修飾(H3K27me3修飾)が重要な役割を持つことを見いだした (Koike, Ouchi, Ueno, TaniguchiらPLoS One, 25;9(8): e104776, 2014)

1)-4 肝幹細胞において形成されるヒストン修飾の解析

一連の研究から、肝幹細胞の制御にポリコーム群タンパク質による転写抑制型のヒストン修飾が必須であることが明らかとなったため、肝幹細胞の各遺伝子領域で形成されているヒストン修飾(翻訳後修飾)を網羅的に解析した(Nakataら、論文投稿中)。ES細胞の自己複製制御遺伝子のプロモーター領域で特徴的なヒストン修飾である転写抑制性のヒストン修飾(H3K27me3, H3K9me3)と転写活性化型のヒストン修飾(H3K4me3)の双方が入り交じったBivalent Domain形成領域を肝幹細胞で見いだした(論文投稿準備中)。これらの遺伝子上で形成されているヒストン修飾は幹細胞形質の再獲得と深い接点を持つとされる肝発癌プロセスにおいて発癌リスクの評価に有益な可能性がある。

2) 膵がん幹細胞の治療抵抗性に関わる分子の探索

近年の消化器系臓器を対象とした抗がん剤開発においては、代表的な難治がんである膵がんの市場が特に重要視されている。膵がんは化学・放射線療法に抵抗性を示すことや周囲臓器への浸潤・転移が高頻度に生じる特徴を持つことから、がん幹細胞の存在が強く示唆されている。ヒト膵がん幹細胞における治療抵抗性機構の解明は、膵癌の新たな治療薬開発や膵癌患者の二次治療の選択のための評価法の開発に有益である。そこで、膵がん幹細胞で抗がん剤の排出に関わるトランスポーターの同定を試みた。先行研究から、トランスポーター等の細胞膜分子群は、遺伝子発現量と蛋白質発現量が必ずしも一致しておらず、トランスポーターの発現レベルを正確に評価するためには、蛋白質レベルでの解析が必須とされている。そこで、積水メディカル、本学先端医科学研究センター平野博士、東北大学大学院薬学研究科の寺崎博士との共同研究を実施し、トランスポーターに対する絶対定量プロテオーム解析系を確立し、ヒト膵がん検体を対象とした解析に取り組んだ。ヒト膵がん検体を対象としてmRNA量と蛋白質量の相関性を検討したところ、トランスポーター蛋白質発現はmRNA発現と解離があることが明らかとなり、タンパク質レベルでの解析の重要性が明らかとなった。また、ヒト膵癌幹細胞の解析をすすめる上では、ヒト膵癌を高頻度に含む検体の選定が重要である。我々は、術前に化学療法を受けた膵がん患者の膵癌組織中に残存する癌細胞中に膵がん幹細胞が高頻度に含まれると考え、術前化学療法を受けた患者の手術摘出検体を対象として解析を進めた。その結果、術前に化学療法を受けた膵がん組織中には、膵がん幹細胞マーカーを発現する膵がん幹細胞の頻度が増加していることを見いだした。この細胞の特性を明らかにするため、フローサイトメトリーを用いて膵がん幹細胞マーカー陽性細胞を分離し特性解析を行ったところ、この細胞は、僅か100個の皮下移植により腫瘍を形成する能力を持ち、膵がん幹細胞として機能することが明らかとなった。

上記解析基盤を元に、膵がん幹細胞を高頻度に含む抗癌剤治療後の膵癌組織で発現が亢進するトランスポータータンパク質の抽出を進めた。臨床検体の個体差を除外するため、同一患者から複数の担癌マウス作製した上で、抗癌剤投与群と非投与群を設定し、抗癌剤投与群で発現が亢進するトランスポーターの抽出を試みた。絶対定量プロテオーム解析の結果、ゲムシタビン投与後に残存したヒト膵がん組織において、発現増加を示すトランスポーターを複数抽出した。抽出されたトランスポーターの中には、膵がん幹細胞マーカー陽性細胞において高い発現を示す分子 (ABC-X) が含まれていることが明らかとなった (Uenoら論文投稿準備中)。膵がん幹細胞における機能、および患者予後との関係について解析を進めている。

3.今後の研究方針

膵がん幹細胞の抗がん剤耐性に深く関わる薬剤排出トランスポーターを抽出し、積水メディカルと協働で診断マーカーとしての有用性や治療標的としての有用性について評価を進める。近年、膵癌に対して複数の抗癌剤が承認され、ゲムシタビン・TS-1・エルロチニブが国内で膵がんの治療薬として利用可能となるなど、治療薬の選択肢は増加しつつある。しかしながら、これらの治療薬による治療成績は十分とは言えない。その要因として、膵癌では、薬剤選択に関する客観的な判断基準が確立されておらず、患者毎に最適な投薬が出来ないことが挙げられる。膵がんの治療成績を向上させるためには、患者毎に最適な治療薬を選択するためのマーカー開発が急務であるため、膵がん治療効果予測マーカーの同定を優先して進める(積水メディカルとの共同研究)。ヒト膵がん幹細胞で特異的に発現する薬剤排出トランスポーターの中から、患者の予後と相関する分子を抽出し、治療効果予測マーカーとしての有用性を検討する。本解析を進めるためには、手術検体から得られる微量な組織 (約0.2g以下) を対象とした蛋白質の定量解析を精度高く実施する必要があるため、本拠点からの技術を最大限活用しながら研究を進めていく。抽出された分子が膵癌幹細胞の治療標的として有用な場合は、創薬開発についての可能性を検討する。

 

「ヒト発生・発達異常の分子探索と診断法の開発」   松本 直通

1.研究の背景、目的

平成26年度までに、原因未解明のヒト発生・発達異常を呈する疾患群を対象にその遺伝的原因を探索・同定する。ヒトにおけるがん関連遺伝子とヒト発生・発達異常の関連分子は密接な関連がある。ヒト発生・発達異常の責任遺伝子を同定していくことでがん研究に新たな視点や分子機能研究を提供することが可能となる。対象疾患としてはてんかん等の脳神経疾患、結合織疾患など多岐にわたる疾患群の中で高密度アレーや次世代シーケンサー等の先端解析機器を用いた遺伝学的解析によって責任遺伝子を同定し、分子病態を明らかにしていく。

2.主な研究成果

本プロジェクトが開始されてから様々なヒト疾患の遺伝的原因解明に成功した。そのうち蛋白翻訳後修飾に関連する遺伝子異常に関連する遺伝子が複数単離された(以下○で表示した疾患)。
1) ○新型エーラスダンロス症候群
CHST14(デルマタン硫酸転移酵素をコード)変異が原因である。結合織の重要な構成要素であるプロテオグリカンにおいて重要なデルマタン硫酸転移酵素の異常でコラーゲン鎖の異常が引き起こされることが基盤にある(MiyakeらHum Mut31:966-974,2010)。

2) 劣性型脊髄小脳変性症
シナプス関連分子であるシナプトタグミン14(SYT14)の変異を同定したが、この遺伝子産物の異常が来す病態機序は不明である(DoiらAm J Hum Genet89:320-327,2011)。
3) びまん性大脳白質形成異常

POLR3AとPOLR3B変異が原因であることを明らかにした。POLR3AとPOLR3BはRNAポリメラーゼIIIのサブユニットをそれぞれコードし、これらの遺伝子異常が様々な機能的RNAの転写異常を引き起こすことが想定されるが、病態機序の詳細は不明である(SaitsuらAm J Hum Genet89:644-651,2011)。

4) Coffin-Siris症候群

知的障害と第五指爪低形成を含む奇形兆候を呈するCoffin-Siris症候群の全エクソーム解析と候補遺伝子スクリーニング法を用いた解析から責任遺伝子であるSMARCB1, SMARCA4, SMARCE1, ARID1A, ARIRD1Bの5つの遺伝子に関してde novo変異を含む遺伝子変異を同定した(TsurusakiらNat Genet44:376-378,2012)。これらの5つの遺伝子はいずれもSWI/SNF複合体と呼ばれるクロマチンリモデリング因子のサブユニットをコードする。この因子の異常で様々な遺伝子の転写調節異常を来すことが想定される。

5) SENDA

SENDAは、脳内鉄沈着神経変性症の一つであり、小児期早期からの非進行性の知的障害と、成人期に急速に進行する錐体外路症状(ジストニアやパーキンソン様症状)、認知症を呈する神経変性疾患である。全エクソーム解析を2家系(患者1名ずつ)に応用し、両患者に共通してWDR45 遺伝子のデノボ変異を認めた。さらに3名の患者について変異解析を行い、すべての患者でWDR45 遺伝子変異を認めた。WDR45 遺伝子は、オートファジー(自食作用)に必須の分子である酵母Atg18のヒト相同遺伝子であるWIPI4蛋白質をコードし、ヒトでオートファジー異常がprimaryに障害されそれが神経変性疾患に至るというエビデンスをはじめて提示した(SaitsuらNat Genet45:445-449,2013)。

6) ○SEMD-JL1

脊柱の変形や関節の脱臼など、重度の骨格異常を起こす原因不明の遺伝性難治疾患「関節弛緩を伴う脊椎骨端骨幹端異形成症I型(SEMD-JL1)」の患者6家系の遺伝子を全エクソーム解析し、B3GALT6遺伝子の変異を発見、その酵素機能が喪失していることを見いだした。B3GALT6遺伝子の機能障害でプロテオグリカンのグリコサミノグリカン結合領域が正常に合成できないため、骨、軟骨、靱帯、皮膚など多様な組織で異常を引き起こすことが判明した。本研究は蛋白質糖鎖修飾異常が原因である疾患の原因解明である(NakajimaらAm J Hum Genet92:927-934,2013)。

7) ネマリンミオパチー

全エクソーム解析を用いて、ネマリンミオパチー家系でKLHL40 遺伝子の複合ヘテロ接合性変異を見いだし、その後日本、アメリカ、フィンランド、オーストラリア合同国際研究を展開し、重症ネマリンミオパチーの143家系の解析で28家系(19.6%)に本遺伝子変異がみつかったことから、この遺伝子の変異が多民族にわたり重症ネマリンミオパチーの高頻度の原因であると結論付けた(RavenscroftらAm J Hum Genet93:6-18,2013)。

8) 難治性てんかん

全エクソーム解析を用いて、379例の難治性てんかん患者中4例にGNAO1 遺伝子の新生突然変異を認めた。GNAO1 遺伝子からは、神経細胞における細胞内シグナル伝達に重要な役割を果たすことが知られている3量体G蛋白質のαサブユニット(Gαo )が作られる。3量体G蛋白質の立体構造モデルにおいて、4つの変異は蛋白質構造を不安定にする、あるいはシグナル伝達の障害を引き起こすことが示唆される。発現細胞では、細胞内での発現部位の変化とカルシウム電流の抑制障害が想定された(NakamuraらAm J Hum Genet93:496-505,2013)。

9) ○難治性てんかん

全エクソーム解析を用いて367例の難治性てん患者中4例にUDP-ガラクトース輸送体をコードするSLC35A2遺伝子の異常を認めた。本遺伝子異常でUDP-ガラクトースが小胞体に輸送されないため糖鎖修飾の全般(N型もO型も含む)の異常をきたす。特徴的なことは幼少期に同定されたN型糖鎖修飾異常(血清トランスフェリンの)が、長じるに従い全く検出されなくなるため、本疾患では、遺伝子検査が最も確実な診断法となる(KoderaらHum Mutat34:1708-1714,2013)。

3.今後の研究方針

多数の様々な疾患の責任遺伝子探索で複数の蛋白質翻訳修飾異常疾患が明らかになった。本研究でのアプローチはきわめて有効であり引き続き本研究を継続し蛋白質翻訳後修飾に関連する分子異常をゲノムアプローチから同定していく予定である。

 

「翻訳後修飾にかかわる分子イメージングと臨床診断技術の開発」 井上 登美夫

1.研究の背景と目的

近年、分子イメージング法が基礎研究、臨床研究などに広く使用されるようになった。臨床においてはPET(positron emission tomography)や、SPECT(single photon emission computed tomography)といった検査方法が普及している。これら分子イメージング技術の特長は、使用する放射性薬剤によって様々な評価を行うことができることである。例えば、糖代謝、アミノ酸代謝、血流評価など機能的な画像が得られる。また、創薬研究においては、候補化合物にPET核種で標識化することで、疾患部位へ移行率や、また、全身の体内動態の経時的な計測などが可能になる。しかし、使用される放射性核種は半減期の短いものが多く、なかでもPET核種は数分から数時間程度でとりわけ短い。PET薬剤の使用に際しては、サイクロトロンにより製造されるPET核種を、ホットセル内の自動合成装置で速やかに薬剤へと合成・調製し、適切な品質検査等を行ったのちに、臨床使用される。このようにPETイメージング技術は、放射性薬剤の合成、生物学的評価、画像診断など複数の要素が絡んでおり、有機合成化学、機械工学、生物学、医学など複数の分野にまたがる学際領域である。本プロジェクトではPETに関わる、合成反応、合成装置、製造環境の整備など多岐に渡って研究・施設整備を進めており、イメージングを活用した非臨床から臨床への架け橋となる役割を担っている。
具体的には、1)PET薬剤の開発と合成方法の開発、2)PET薬剤合成装置の開発、3)GMP準拠のPET薬剤製造環境の整備、の3点を中心に研究・開発等を行ってきた。

2.主な研究成果

1) PET薬剤の開発と合成方法の開発

これまで、既知のPET薬剤の製造方法の改良や、新規なPET薬剤の合成、あるいはPET核種による標識反応の開発などを行ってきた。
5FUは抗がん剤として古くから用いられているが、この薬剤に含まれるフッ素原子をPET核種である18Fに置換し、PET薬剤とする方法が報告されている。合成方法は、ウラシルに18F原子を含むF2ガスを酸性溶媒中で直接作用させ、[18F]-5FUを得る。この化合物の精製過程において、自動合成装置内で、効率的に純度の高い薬剤を得る方法を見いだした。
また、血管新生部位に発現が亢進しているとされるインテグリンのリガンドとして知られるアミノ酸配列RGD(Brooksら J Am Chem Soc,118:7461,1996)が組み込まれた環状ペプチドcyclo(RGDfK)を合成し、これに放射性金属核種をキレートする原子団を結合させPET薬剤とした。この合成では、PET核種として68Gaを用い、小動物モデルにより、抗がん剤の治療効果判定に利用できるかどうか、検討を行った。
一方、薬剤合成方法として、放射線医学総合研究所との共同研究により、11Cの効率的な導入方法を見いだした。11Cは半減期が約20分と短いため、より高効率な合成が求められる。そうした中で、11C含有のホスゲン(COCl2)を、四塩化炭素のガス検知管を利用して効率的に発生させる方法を見いだした。PET薬剤の合成を難しくすることとして、ごく微量の物質量のものを取り扱うという点があるが、本方法は、この難点を逆にうまく利用して、ガス検知管内の触媒反応を利用することにより、効率的に[11C]-ホスゲンを得ることができる。この方法は、放射性医学総合研究所においても、広く活用されており、これを使ったPETプローブの合成が多く報告されている。
この他にもハーセプチンなどの抗体に対するPET核種によるラベル化も実施しており、実際に様々な反応を組み合わせることで、68Gaによる抗体のラベル化にも成功した。

2) PET薬剤合成装置の開発

PET薬剤の自動合成装置には、臨床用のFDG合成装置は多くあるが、新たな薬剤合成のための研究用の合成装置は少なく、また、研究施設が限られるため、装置単価も非常に高いものとなっている。これに対して、福井大学では、3方活栓、およびシリンジをサーボモータで自動駆動し、安価で、自由度の高い合成装置を提案している。本学では、このシステムを導入し、各パーツを組み合わせ、また、独自にデザインされた合成装置用のフレームに収め、新たな汎用合成装置を作製した。実際にこの装置を使ってFDGの原料であるマンノーストリフラートに対し、サイクロトロンで製造された18Fを作用させて、実際に標識可能であることを確認した。

3) GMP準拠のPET薬剤製造環境の整備

近年、PETを用いる臨床試験や治験などが世界的にも増えてくるにつれ、PET薬剤の院内製造は、その製造手順の整備、品質検査体制などをGMPレベルで実施することが求められるようになりつつある。本学ではホットラボを整備し、直接PET薬剤に触れる可能性があるホットセルについては、その清浄度向上の改修を行い、ソフト面では製造管理基準書、付随するSOP書類、記録用紙などを整備した。また、製造エリアの入退室管理を徹底し、浮遊塵埃および落下細菌、付着細菌のモニタリングを常時実施するよう規程を設けた。これにより臨床研究などに際して、GMPに準拠した形で品質管理を行う準備が概ね整った。

3.今後の研究方針

今後は、自動合成装置を実践的に種々の薬剤の合成に活用できるようさらに改良を重ね、新たなPET薬剤を適宜合成できるよう体制を整えていく。すでに標識合成が可能であることは、FDGをモデル化合物として確認を行っており、種々の合成反応そのものの開発を行うとともに、合成装置と組み合わせて、独自の合成システムを確立したい。また、薬剤の製造環境についても、品質管理体制の運用を開始し、薬剤の品質管理を徹底していく。
一方、新たな開発テーマとして、乳がんの中で悪性度が高いとされるトリプルネガティブ乳がん選択的な内用放射性治療薬、およびその診断に用いるイメージング剤の開発を設定している。最近、東京大学の井上らにより、TNBCの中でBasal-like乳がんに特異的な機構として、「周囲の乳がん細胞(主に非がん幹細胞)におけるNF-κB活性化によるJAG1発現誘導」と「乳がん幹細胞におけるNOTCH活性化による乳がん幹細胞の自己複製」があることが報告された(Yamamotoら Nat Commun,4:2299,2013)。NOTCH経路は細胞の様々な分化過程に関与しており、哺乳類では5種類のリガンドと4種類のレセプターが知られている。また、NOTCH経路は様々な疾患にも関係していると想定されており、多くの研究がなされている。本拠点ではTNBCのBasal-like特異的なこのメカニズムに着目し、抗JAG1抗体を放射性核種によりラベル化し、TNBC特異的な放射性イメージング薬剤および内用放射性治療薬とすることを目指す。

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