リンパ浮腫
当教室ではリンパ浮腫に関する基礎研究と臨床研究に力を入れています。
リンパ浮腫に対する治療は、長らく圧迫療法を中心とした保存療法が主でしたが、医療機器の進歩とマイクロサージャリー技術の革新に伴い、2000年初頭よりリンパ管静脈吻合術などリンパ管そのものを吻合する外科療法が徐々に行われるようになりました。当教室ではそれらに先駆けてリンパ管静脈吻合術を施行していました。我々は、その経験からリンパ浮腫に対する評価方法や外科療法に関する臨床研究を行い数多くの報告をしてきました(1-7)。また、多くの患者様を診察させていただいている経験から、新規医療機器の開発や治験にも携わりました(8-13)。現在も複数の臨床研究を継続して行なっています。
こういった長年の経験と研究により、多くの知見を得てきました。その一方で、解決しきれない課題も明らかになってきました。例えば、原発性リンパ浮腫といって発症したきっかけが分からないタイプのものの一部は非典型的な臨床経過を辿り、かつ難治性であることが分かりました。そういった原発性リンパ浮腫の特徴を分析するため、リンパ管の組織学的な特徴を解析したところ、ある一定の炎症性サイトカインが強く発現していることが判明しました(図1)。この結果から、ある一定の炎症反応を阻害するような治療が原発性リンパ浮腫の治療に有効である可能性が示唆されました。まだ、Preliminary Dataであり、今後深く解析を進めていきたいと考えています。
(図1) 原発性リンパ浮腫の皮下集合リンパ管における炎症性サイトカインの発現(文献14より引用、一部改変)a) 原発性リンパ浮腫の皮下集合リンパ管はIL1-βやそのほかの炎症性サイトカインが続発性リンパ浮腫のものより強く発現していた。b,c) 定量PCRでも同様に一部の炎症性サイトカインにおいては多くのmRNAを発現していた。 また、リンパ浮腫の多くを占める続発性リンパ浮腫は病状が進行すると非常に難治となり、圧迫療法と外科的治療を組み合わせてもなかなか症状を改善することが難しい場合もあるため、新たな治療が求められています。そういった新しい治療を開発するために、科研費を取得しその基礎となる以下のような研究も行っています。
1.Biotubeを用いた新規治療法の開発
リンパ浮腫が進行するとリンパ管が変性し最終的には閉塞してしまいます。この変化は不可逆的であるため、病状の進行に伴い有効にリンパ液が流れるリンパ管がどんどん減少してしまいます。この状態では圧迫療法も外科的治療も効果が限定的となってしまうため、新たなリンパ流を再生するような治療が求められます。
生体内に桿状の異物を移植すると、その周囲に管状の組織が形成されます。この管状の組織をBiotubeと呼び、血管やリンパ管の代わりとして移植する技術が研究され、小口径の動脈では良好な結果が報告されています。これをリンパ管に応用し新しいリンパ管を創出するために、下図のように生体内で作成したBiotubeにリンパ管内皮細胞を付加してリンパ管を創出するような研究を進めています。
静脈やリンパ管のような流量の少ない脈管にBiotubeを応用した報告がないため、まずは予備研究として動脈よりも小口径で流量が少ない静脈にBiotubeを応用した実験を行い、長期的な開存が得られること、開存に適した口径の大きさがあること、また組織学的にbiotube内腔に内皮細胞が増生し内皮化が得られることなどの知見を得ています。これらの結果を受け、biotubeによるリンパ管創出を目標として研究を進めていく予定です。
2.低出力パルス超音波によるリンパ管再生誘導法の開発
前項でも述べた通り、リンパ管の変性は不可逆的かつ進行性です。そして浮腫が出現するころにはリンパ管はすでに障害され種々の程度で変性が起こっています。ここに浮腫発症後に治療を行っても効果が限られ、病状の進行を止められない要因があり、変性が起こる前に予防的な治療を行うことで浮腫の発症と進行を止めることができる可能性があります。
予防的な介入は発症前の治療となるため低侵襲で簡便であることが求められます。また、がん治療後の続発性リンパ浮腫を想定した場合、治療時期はがん治療後の創傷治癒急性期となり、組織再生や再構築を促進するような特性を持つ治療であることが望ましいと考えられます。
そのような治療として低出力パルス超音波(Low Intensity Pulsed Ultra Sound ; LIPUS) があります。これは低出力の超音波エネルギーを組織の照射する治療で、骨癒合に要する期間を40%短縮させるなど、骨折の有効な補助療法として知られています。骨以外でも、血管新生効果、末梢神経再生効果、抗炎症効果、脂肪分化・増殖の抑制効果、心筋保護効果など、多くの組織において再生効果や創傷治癒への有効性が報告されています。上記の効果はリンパ浮腫に対しても有効に作用すると思われるものが多く、脈管新生効果の一環としてリンパ管再生そのものが誘導される効果も期待されますが、リンパ浮腫やリンパ管再生にLIPUSを応用した研究はありません。そこで下図のような研究を計画し、両下肢リンパ浮腫モデルラットを作成して片側のみにLIPUSを照射することで浮腫予防効果やリンパ管再生誘導効果を検証しています。
まだ研究の初期段階のため結果の解析はこれからですが、リンパ浮腫の発症そのものを予防することを最終目的として研究を進めています。
基礎研究に関する主な英語論文
1、Lymphaticovenous shunt for the treatment of chylous reflux by subcutaneous vein grafts with valves between megalymphatics and the great saphenous vein: a case report. Maegawa J, Mikami T, Yamamoto Y, Hirotomi K, Kobayashi S. Microsurgery; 30(7): 553-6 (2010. Oct)
2、Types of lymphoscintigraphy and indications for lymphaticovenous anastomosis. Maegawa J, Mikami T, Yamamoto Y, Satake T, Kobayashi S. Microsurgery; 30(6): 437-42 (2010. Sep)
3、Classification of lymphoscintigraphy and relevance to surgical indication for lymphaticovenous anastomosis in upper limb lymphedema. Mikami T, Hosono M, Yabuki Y, Yamamoto Y, Yasumura K, Sawada H, Shizukuishi K, Maegawa J. Lymphology; 44(4): 155-67 (2011. Dec)
4、Outcomes of lymphaticovenous side-to-end anastomosis in peripheral lymphedema. Maegawa J, Yabuki Y, Tomoeda H, Hosono M, Yasumura K. J Vasc Surg; 55(3): 753-60 (2012. Mar)
5、Net effect of lymphaticovenous anastomosis on volume reduction of peripheral lymphoedema after complex decongestive physiotherapy. Maegawa J, Hosono M, Tomoeda H, Tosaki A, Kobayashi S, Iwai T. Eur J Vasc Endovasc Surg; 43(5): 602-8 (2012. May)
6, Pathological changes in the lymphatic system of patients with secondary upper limb lymphoedema. Mikami T, Koyama A, Hashimoto K, Maegawa J, Yabuki Y, Kagimoto S, Kitayama S, Kaneta T, Yasumura K, Matsubara S, Iwai T. Sci Rep. 2019 Jun 11;9(1)
7,Pathological Changes in the Lymphatic System of Patients with Secondary Lower Limb Lymphedema Based on Single Photon-Emission Computed Tomography/Computed Tomography/Lymphoscintigraphy Images. Fujiyoshi T, Mikami T, Hashimoto K, Asano S, Adachi E, Kagimoto S, Yabuki Y, Kitayama S, Matsubara S, Maegawa J, Iwai T, Ishibe A, Miyagi E, Kaneta T. Lymphat Res Biol. 2022 Apr;20(2):144-152
8, The Visible Lymphatic Vessels of the Lower Extremities: A Preliminary Study by Contrast Ultrasonography. Matsubara S, Maegawa J, Kitayama S, Mikami T, Hirotomi K, Adachi E, Kagimoto S, Sasaki Y, Maruyama Y, Yabuki Y. J Vasc Surg Venous Lymphat Disord; 3(1): 132 (2015. Jan)
9, Real-Time Direct Evidence of the Superficial Lymphatic Drainage Effect of Intermittent Pneumatic Compression Treatment for Lower Limb Lymphedema. Kitayama S, Maegawa J, Matsubara S, Kobayashi S, Mikami T, Hirotomi K, Kagimoto S. Lymphat Res Biol. 2017 Mar;15(1):77-86
10、A Novel Approach to Subcutaneous Collecting Lymph Ducts Using a Small Diameter Wire in Animal Experiments and Clinical Trials. Yabuki Y, Maegawa J, Shibukawa N, Kagimoto S, Kitayama S, Matsubara S, Mikami T. Lymphat Res Biol. 2021 Feb;19(1):73-79
11、A phase III, multicenter, single-arm study to assess the utility of indocyanine green fluorescent lymphography in the treatment of secondary lymphedema. Akita S, Unno N, Maegawa J, Kimata Y, Fukamizu H, Yabuki Y, Kitayama S, Shinaoka A, Yamada K, Sano M, Ota Y, Ohnishi F, Sakuma H, Nuri T, Ozawa Y, Shiko Y, Kawasaki Y, Hanawa M, Fujii Y, Imanishi E, Fujiwara T, Hanaoka H, Mitsukawa N. J Vasc Surg Venous Lymphat Disord. 2022 May;10(3):728-737
12、厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患克服研究「原発性リンパ浮腫患者におけるリンパ機能評価による重症度分類と新たな治療法の検討」(課題番号H22-難治・一般-156):前川二郎ら
13、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医工連携イノベーション推進事業(開発・事業化事業)「がん予後の著しいQOL低下に繋がるリンパ浮腫の悪化予防装置の開発・事業化」(02-107)株式会社テクノ高槻・岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・岡山大学病院・国立大学法人千葉大学・公立大学法人横浜市立大学
14、Preliminary Report: The Relevance of Tumor Necrosis Factor-α in Acquired Primary Lymphedema-A Histopathological Investigation. Asano S, Mikami T, Matsubara S, Maegawa J, Wakui H, Tamura K, Yoshimi R. Lymphat Res Biol. 2020 Jun;18(3):232-238.
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