顔面神経麻痺
顔面神経麻痺とは
顔面神経麻痺は、Bell 麻痺やRamsey-Hunt症候群といわれるヘルペスや水痘などのウイルスが原因で生じるものから、脳腫瘍の手術後に生じるもの、ケガの後に生じるもの、生まれつきのものなどがあります。特にウイルス性のものは薬の治療で戻ることが多いですが、脳腫瘍術後やケガの後に生じるものは難治であるものも多く、完全に戻らなかったり、部分的な麻痺が残ることもあります。
顔面神経麻痺を生じると目が閉じられなくなったり、顔が変形してしまったり、笑顔を表現出来なくなるため、社会生活に大きな影響を与えます。
顔の神経は大きく5つの枝に分かれ、それぞれが眉や眼、口といった部位を支配しています。一部のものは複雑に交ざっているので、回復後の神経が混線してしまったり(病的共同運動)、引きつれ(拘縮)を生じたりといった後遺症を生じることもあります
顔面神経麻痺の外科的治療法
のある表情を再建する動的再建術があります。麻痺の残っている部位や程度によって色々な手術方法があり、症状に合わせて術式を選択していきます。
手術を行うタイミングは、その部位や方法によって異なります。目を閉じられない兎眼の症状には、早く手術を行って症状を改善させる方が良い場合があります。
「笑いの再建」については、自然回復の有無を充分に見極めてから手術を検討します。ただし、顔面の表情筋を利用した再建術を行う場合には、顔面の筋肉が弱らない間に、手術を行う必要があります。また、麻痺から時間が経ってしまった場合には、顔面以外の部位からの筋肉を移植する方法や静的再建術を行なうことが一般的になります。
A:顔面神経麻痺静的再建術
筋膜や軟骨などの移植材料を用いるなどして、生じた変形を矯正する手術で、顔面の形や左右差の改善を目的にします。瞼の周りを中心に行います。
術後すぐに形の改善が得られるものの、時間経過で生じる緩みを考え、部位によっては大袈裟に矯正を行う場合もあります。部位別に様々な手技があり、80歳~90歳とご高齢の方でも手術が可能です。
B:顔面神経麻痺動的再建術
「笑いの再建」とも言われ、主に頬部の動き(笑顔、笑い)を再建します。麻痺後1年以内の急性期~亜急性期の患者さんには、神経移植術や神経移行術が適応になります。れる。麻痺後時間の経過した陳旧例の患者さんには、顔以外の部位から筋肉を移植したり、移行したりします。
手術後動きが得られるまでには、数ヶ月以上の時間が必要で、長い期間に及ぶ経過観察やリハビリテーションが必要になります。
A:眉毛部
眉毛の麻痺はなかなか治らず、上まぶたも下垂して視野の制限にもなるため、眉毛をつり上げる眉毛挙上術を行います。整容面での効果も高く、下がった瞼を持ち上げることも出来ます。皮膚を切除してつり上げる方法が一般的ですが、特殊な糸や筋膜を使用して行う場合もあります。
B:眼瞼部(まぶた)
眼を閉じる眼輪筋という筋肉が麻痺してしまうため、眼が閉じられなくなり(兎眼)、眼球が乾燥して、眼の炎症を生じたり、潰瘍を生じたりする可能性があります。
手術も含め、早めの対応が必要になります。
・上眼瞼(うわまぶた)
眼を閉じやすくする為、金の板を重りとして入れる手術や瞼を持ち上げる筋肉の膜を軟骨を移植して延長する手術があります。また、側頭筋膜を移行する方法もあります。
・下眼瞼(したまぶた)
眼を閉じるのに下まぶたの修正術はとても大事な要素で、下まぶたを持ち上げる静的再建術を行います。 状況に応じて筋膜や軟骨の移植を追加したりします。
C: 口、頬部
口や頬が曲がった形になるので、顔の形態が大きく変化し、顔の表情のみならず社会生活に大きな影響を与えます。
笑顔は、人とのコミュニケーションに大変重要で、人としての尊厳にも関わります。ただし、笑顔を再建するには大がかりな手術が必要になります。
動きのない見た目を再建する静的再建術と笑いを再建する動的再建術の大きく二つがあります(前述)。
・笑い、笑顔の再建(動的再建術)
人への感情の伝達やコミュニケーションにとって“笑顔”は世界の共通言語です。
その“笑い”を再建する為には、神経の移植や移行を行って元々存在する顔の表情筋を動かす方法と他の部位から新たな筋肉を移植する方法の大きく2つの方法があります。笑うという動きを再建出来る術式なので動的再建術と言われます。
麻痺からの期間や状況、症状によって様々な再建方法の中から最も良いと思われる術式を選択していきます。
神経移植を伴うものは、実際に再生してくるまでに術後半年以上の時間が必要になります。
頬部のケガや耳下腺などの癌の手術で、顔面神経が切断され欠損が出来た場合には、神経を移植して、欠損部の再建を行います。
移植する神経は下腿や頚部の感覚の神経を採取します(採取部周囲の痺れが残ります)。最近では、短い欠損に人工神経を使用することもあります。
顔の筋肉を動かすのに顔面神経以外の神経を移行して再生を得るようにする方法で、舌を動かす舌下神経や物を咬む咬筋を支配する咬筋神経を移行することが一般的です。近年では、運動神経の特性を考慮しながら複数の運動神経を組み合わせることで、より良い経過が得られる様に工夫しています。 顔面神経が自然回復する可能性を残した方法や不全麻痺への方法など様々な状況に応じた方法が改良され、使用される様になってきています。
発症から時間が経ち表情筋が萎縮した場合には、他から顔を動かす筋肉を移植して、笑顔の再建を行います。太ももからの筋肉を利用する場合には、まず顔の神経と下腿から採取した神経を移植し、充分に神経再生を生じる1年後に移植します。 背中の筋肉で再建を行う場合には、1度に移植が可能ですが、筋肉の特徴などが少し異なります。発症から時間が経ち表情筋が萎縮した場合には、他から顔を動かす筋肉を移植して、笑顔の再建を行います。太ももからの筋肉を利用する場合には、まず顔の神経と下腿から採取した神経を移植し、充分に神経再生を生じる1年後に移植します。 背中の筋肉で再建を行う場合には、1度に移植が可能ですが、筋肉の特徴などが少し異なります。
側頭筋を利用した手法で、筋肉全体を前下方に前進させ鼻唇溝部に移行します。側頭筋の筋膜がしっかりしているため、術後早期から形態の改善が得られます。動きの獲得も確実性が高く、頬部の膨隆も生じ無いなど、様々な利点を有します。
口腔内切開を用いることで、顔の露出部に傷を残さずに再建が可能になります。
・側頭筋移行(LTM)による動的再建(笑いの再建)例
40代女性、10年以上前に脳腫瘍(聴神経腫瘍)の切除手術を施行されてから左顔面神経麻痺を生じていました。
安静時にも顔面が右方へ偏位する状態で、口を開けたり笑ったりすると口の変形が顕著になっていました。下顎に付着している側頭筋を口の近くまで前進させて口を動かす手術法と下唇に筋膜を移植する方法を組み合わせて行うことで、安静時の変形や口の変形そして自然な笑いを確実に良い形で再建することが出来ています。
・右麻痺性兎眼、眉毛下垂に対する静的再建例
78歳女性、右顔面の長期間及ぶ陳旧性麻痺例に対する静的再建術
眉毛の下垂に伴う視野障害に加え、下眼瞼外反・下垂に伴う兎眼により、眼球の痛みや充血を生じていました。
安静時にも顔面が右方へ偏位する状態で、口を開けたり笑ったりすると口の変形が顕著になっていました。下顎に付着している側頭筋を口の近くまで前進させて口を動かす手術法と下唇に筋膜を移植する方法を組み合わせて行うことで、安静時の変形や口の変形そして自然な笑いを確実に良い形で再建することが出来ています。
・左口角下制筋麻痺による下口唇変形に対する静的再建例
62歳男性、下口唇部の口角下制筋麻痺変形対する静的再建術
顔面神経下顎縁枝の麻痺に伴い、下口唇の変形を特に開口時に認めて居ました。2本の大腿筋膜移植による再建を行っています。
顔面神経麻痺後のリハビリテーション
マッサージやリハビリを行うにあたってとても大切なことは、顔面神経麻痺のリハビリは筋力を強化する目的で行うのではなく、顔面の不自然な動き(病的共同運動)やひきつれ(顔面拘縮)といった後遺症を予防する目的で行うということで、他の麻痺のリハビリと異なります。ですので、焦らずじっくり行うことが重要で、やり過ぎや低周波刺激などの電気刺激はかえって顔面のひきつれを助長する為禁忌です。
麻痺が生じてから顔の動きが出てくるまでは、筋肉が縮まない様に1日に2回(1回10分程度)筋肉をその方向に伸ばしてあげることや蒸しタオルなどで顔を温めてあげることを行ない、眼を力一杯閉じるなどの強力で粗大な随意運動は行わず、小さくゆっくりとした運動を心がける様にします。
顔面の動きが少し出てきたら、まぶたと口が一緒に動いてしまう病的共同運動を生じない様に、まぶたと口を独立して動かす様に努力することがとても重要になってきます。具体的には、食事をする時にはなるべく眼を大きく見開く様にしたり、鏡を見ながら手で動かさない部位を抑えるなどして個別に動かす練習をします。顔面が動きだしても顔の筋肉のストレッチは大切で、手でしっかりと伸ばしてあげることで、顔のひきつれを予防します。顔の動きが出てくると早く治りたいという思いから、つい一生懸命になりがちですが、やり過ぎは禁物で、ゆっくりと軽く動かす気持ちで1日2-3回(1回10分程度)焦らずじっくり行っていきましょう。
1.顔面表情筋のマッサージ(筋肉が萎縮しない様にゆっくりと表情筋の方向に)
2.目を大きく開ける練習
3.蒸しタオルなどによる温熱療法
4.動き始めたら鏡を見ながら目や口を独立して動かす(ミラーフィードバック)
5.小さくゆっくりとした運動を心がける
(強力で粗大な運動、低周波刺激などは止めましょう)
顔面神経麻痺の後遺症(病的共同運動・顔面拘縮)や不全麻痺の治療
病的共同運動は、口と眼を動かす神経が混線した状態になっている為、その状態をリセットしてもう一度正しく分布させることが必要です。そこで、ボツリヌス毒素で人工的に麻痺をもう一度生じさせたり、手術で混線の元になっている表情筋を切除したりした上で、表情筋を再教育するためのリハビリを行い、一緒に動いていた筋肉の動きを分離して独立して働く様にします。顔面拘縮は表情筋が短縮して固まった様な状態であるため、短縮した筋肉を伸ばすような筋伸張マッサージが重要で、短縮を解除するためにボツリヌス毒素を使用することもあります。また、表情筋の動きはあるものの力が少し弱い不全麻痺が残存する場合には、端側神経縫合という神経に穴を開けて別の神経に再生を促す手法を用いて再生神経を強化する手術が近年報告されています。
これらの後遺症や不全麻痺への治療は非常に困難とされてきましたが、近年手術も含め様々な工夫が行われ、良好な治療結果が得られる様になってきています。
ある表情をすると意図しない表情筋まで不随意に収縮してしまう現象で、口を開けると目を閉じてしまうといった形で口輪筋と眼輪筋の間に生じることが多い。顔面神経麻痺の後遺症としては最も高頻度に出現する症状で、再生神経が元のルートとは異なる場所に迷入することで生じるとされています。
顔面神経麻痺後に生じる後遺症で、顔の表情筋が常に緊張した状態になって、顔の引きつれを生じる現象です。病的共同運動を生じる迷入再生回路が存在する上に強力な粗大運動や低周波電気刺激を行うと、顔面神経の神経刺激を行う神経核が興奮状態となり、表情筋が過剰に緊張した状態になることが原因といわれています。
筋肉が収縮するの必要な神経筋接合部からのアセチルコリン放出を抑えて筋肉の収縮を抑制します。筋肉の異常な収縮が抑制出来る為、顔面神経麻痺の後遺症の治療に用いられます。効果の持続期間は2-5ヶ月程度で、繰り返し投与する必要がありますが、中和抗体が生じて効きにくくなる場合があり、専門的な施設での使用が必要です。