実践力と研究力を備えた法医学者育成事業 文部科学省「基礎研究医養成活性化プログラム」採択事業

行政機関との連携

臨床法医学センターの機能・社会貢献

本学では、法医学にかかわる多様な社会的要請に対応することを目的とし、2019年10月1日に臨床法医学センターを設置しました。本センターでは、市民が安心して最期を迎えられる社会の実現のために死因究明体制を整備するとともに、各種行政機関との連携のもと被虐待児の生体鑑定などに迅速に対応することを目的としています。

総務省の発表によると、2019年の高齢者(65歳以上)の人口は3588万人と過去最高を更新し、総人口に占める高齢者の割合は28.4%、死亡者数は年間136万人となっています。超高齢化に伴う多死社会は、孤独死や老々介護、高齢者虐待や介護殺人など、多くの課題を孕んでいます。本年4月に施行された死因究明推進基本法は、本邦の死因究明制度の整備と適切な運用を推進するものであり、本センターは死因究明のための中心的な役割が期待されています。

一方、本邦の出生数は90万人を割り、加速する少子化に歯止めがかからない状況となっています。子どもの数が減っているにもかかわらず、横浜市における2019年度の虐待相談件数は10,000件を超え、依然として右肩上がりの状況が続いています。 2020年4月に改正施行された児童虐待防止法では、親のしつけと称した体罰が禁止されるなど虐待防止対策が強化されています。虐待が疑われた場合には専門家による迅速な対応が不可欠であり、身体的虐待に対する法医学者による損傷鑑定が求められます。本センターでは神奈川県や横浜市の児童相談所と緊密に連携し、迅速な生体鑑定に対応しています。法医実務を行う本センターは、若い法医学者や学生が検案や解剖、生体鑑定などを実践的に学ぶ貴重な機関となっています。人材不足が叫ばれる法医学会にあって、ひとりでも多くの法医学を志す若い医師の養成に尽力したいと考えています。

受講者の感想

生体鑑定を経験して(横浜市立大学 大学院博士課程2年、臨床初期研修医 田邊桃佳)

私は学生時代から小児虐待に興味を持っており、本プログラムの一環として虐待が疑われる子どもの生体鑑定に立ち会っています。これまで小児虐待については講義などで学び、理解しているつもりでしたが、実際の鑑定では様々なことを考えさせられました。
まず、診察の意味を理解できない乳幼児の鑑定では、じっとしていない子どもの損傷写真を撮影し、あやしながら所見を取り、受傷機序などについて判断をしていくことは大変難しいことだと実感しました。一方、診察の意味が理解できる年齢の子どもでは、診察そのものは容易であるものの、誘導にならないように本人から受傷機序を説明してもらわなければならず、非常に神経を使う繊細な作業だと感じました。暴力をうけたにもかかわらず、親を庇うために、唇をかみしめて黙秘を続ける子どもの姿を見ると、我々に何ができるのだろうかと切なくなりました。

虐待死の事件が起こると一時的に社会は虐待に関心を寄せますが、虐待死は児童虐待の氷山の一角にすぎません。ニュース報道される虐待死の陰には、保護者からの虐待によって心身ともに深く傷つき、それでも生きていかなければならない子どもたちが想像以上に大勢います。身体にできた傷は時がたてば治りますが、虐待によってできた心の傷を癒すには長い時間と多くの助けが必要です。一人でも多くの被虐待児を救うために我々ができることは何なのか、未来にのために何ができるのか、深く考えながら生体鑑定に臨んでいます。私のような若い医師が、生体鑑定の現場で多くを経験し、考えることは、大変貴重な機会であると考えます。