実践力と研究力を備えた法医学者育成事業 文部科学省「基礎研究医養成活性化プログラム」採択事業

平成29年度

基礎研究医養成活性化プログラム

実践力と研究力を備えた法医学者育成事業
(平成29年度文部科学省補助金採択事業)

◆平成29年度の活動実績

活動報告書が出来上がりました。ご覧下さい。

平成29年10月 琉球大学訪問・協議

本事業の連携大学である琉球大学は全国的に見ても解剖率が高く、全国でも有数の解剖実績を誇っています。また、琉球大学では法医学者を志す卒業生がコンスタントに入局し、豊富な解剖症例を通して着実に若い法医学者が育っています。若手の育成に関する実績をもつ琉球大学での研修は育成対象の大学院生にとって有意義なだけでなく、指導者が学ぶところも多いと感じています。法医学者にとって多彩な症例を経験することは財産となり、自然地理的にも社会的にも特殊な環境にある沖縄で解剖実務を経験することは将来にとって有意義だと考えています。また遠隔病理診断導入のための準備を進めています。

平成29年11月 ミュンヘン大学訪問/解剖実習

本邦の医学は、ドイツ医学の導入によって発展してきた歴史的背景がありますが、日独の法体系が類似していることから法医学の領域でもドイツは非常に関連が深い国です。ミュンヘン大学法医学研究所はドイツ国内でも伝統のある研究所であり、解剖業務だけでなく、虐待や性犯罪被害者に対する生体鑑定にも積極的に取り組んでいます。法医学者としての知識や技術だけでなく、法医学が福祉のひとつとして機能しているミュンヘンから学ぶことは多いと考えています。 ※生体鑑定とは 虐待や性犯罪の被害者を対象に創傷の鑑別等を行うこと

LMU Institut für Rechtsmedizin

■ プログラム受講生の感想

ミュンヘン大学法医学研究所で1週間の研修を行いました。研修は主に研究所の施設見学、解剖見学、生体鑑定見学、裁判所への出廷に同行、警視庁で講義受講等です。まず研究所の規模が想像以上に大きく、スタッフの数も多く、法医外来エリア礼拝室等があることに驚きました。解剖の対象症例は、死因究明を主な目的としたいわゆる行政解剖が中心となりますが、白骨からの人種鑑別や、銃創など日本では経験しにくい症例も経験できました。外来エリアでは生体鑑定が行われ、違法薬物の使用を疑われた人の血液採取や傷害事件の被害者の診察にも立ち会いました。ドイツの裁判所で法医学者の証人出廷を見ることもできました。法医学者の証言によって、刑が軽減される場合もあると聞き驚きました。最も貴重な体験は、警視庁では銃器の講義に参加したことです。講義では、銃の歴史、仕組み、銃弾の特徴や人体への損傷機序などを学びました。銃が身近にあるドイツならではの貴重な機会でした。本研修を通じて、本学で経験できることは法医学者として必要な本の一部に過ぎないと実感しました。国内で勉学に励みながら、来年も是非同研究所で研鑽を積み、より多くの知識・経験をもつ法医学者になりたいと考えました。今回は1週間と非常に短期間で解剖症例数や見学機会に限りがあったため、次回はより長期間研修ができるよう希望します。

■指導教員のコメント

ミュンヘン大学法医学研究所は、バイエルン州の州都であるミュンヘン(人口140万人)にあり、スタッフ100人のうち、医師が25人程度在籍し、年間3,000体の解剖を行っています。解剖見学では、解剖体制や使用器具、解剖手技などが我々と異なるものも多く、興味深い研修となりました。ミュンヘンでは、法医学者が生体鑑定や公判出廷などの業務も積極的に行っており、法医学が社会に必要とされそれに応えている体制が印象的でした。法医学者が解剖だけではなく、生体鑑定などにも深くかかわり、機能するシステムは本邦にはありませんが、日独で法医実務の社会ニーズに大きな違いがあるとは思えず、今後このようなシステムをどのように日本に導入していけるのかを考える良い機会となりました。

平成29年12月 法医解剖関連の感染症にかかる専門家会議

平成29年12月21日法医解剖関連の感染症にかかる専門家会議を実施しました。県内で発生する可能性のある集団重症感染症事例に対応するため、バイオテロへの対応などについても協議しました。法医解剖における感染症症例では、すでに本事業の学内連携先である微生物学教室との連携協力によって鑑定、診断、研究協力が実施されています。
本会議では、微生物学教室の教授、行政機関、医療機関、国立感染症研究所ならびに神奈川県警検視係など他機関から約20名の専門家が参加し、それぞれの立場から率直な意見がだされ議論を行いました。感染症関連の社会的問題が発生した場合には、速やかに他機関が情報交換をして、連携して対処する重要性が再認識されました。
研修対象である大学院生もオブザーバーとして本会議に参加し、感染症の最先端の診断技術についての知識を得るとともに、集団感染症やバイオテロなどの発生時における法医学の任務について理解を深めました。

■ プログラム受講生の感想
感染症による死亡が考えられた症例について、関係する専門家が一同に会した会議に参加しました。各機関や専門家から見た本症例の経緯、結果、考察、今後の課題等を伺う中で、異なる視点が見える一方、現状改善に努めたいという方向性の一致もあり、有意義な会議でした。多機関で連携すべきところや、その前段階で法医学者が行うべきことも明らかになり勉強になりました。専門家が連携することで、より精度の高い死因究明ならびに社会貢献ができると感じました。

平成29年12月 龍谷大学との協議

医学部を持たない龍谷大学との連携も本事業の特色の一つです。法医鑑定に関連して法医学者が公判出廷を求められることも少なくありません。法医学は医学と法曹を繋ぐ役割を担っており、最低限の法律的な知識や思考を有している必要があります。龍谷大学と本プログラムにおける具体的な活動内容について確認するとともに、率直な意見交換を行いました。まず、法医学と関連が深い法学領域についての勉強会開催を要請しました。また、検察官や弁護士、裁判官などがそれぞれの立場から法医学に期待することを理解するために、法医学と法曹関係者を集めたワークショップのテーマ(裁判員裁判制度、鑑定書、公判出廷など)について、構想を練りました。本プログラムを通して、法医学と法曹関係者のネットワークが構築できることも、重要な成果になると考えています。

平成30年1月 琉球大学での法医実務研修

琉球大学医学部法医学講座で6日間の研修を行いました。

■プログラム受講生の感想

6日間の研修を、琉球大学医学部法医学講座で行い、主に施設見学、解剖見学、検案、臨床医との合同症例検討会に参加しました。琉球大学と本学の解剖設備はよく似ていますが、実際の解剖症例には大きな差異がありました。まず、解剖数については、本学が年間150件程度であるのに対し、琉球大学では500件以上と多くの解剖を実施しています。また、本学では殺人事件や傷害致死事件の被害者など、事件性の高い症例が多いのに対し、琉球大学では病死や白骨などの症例も多く取り扱っていました。次に死後経過時間の推定は重要な法医学的任務ですが、気象条件が死体現象に与える大きな相違についても実感しました。また、宮古島で開催された症例検討会に参加できたことも有意義な体験のひとつでした。宮古島などの離島で解剖症例が発生した場合には、ご遺体を沖縄本島の琉球大学に搬送して解剖が行われます。離島の症例では執刀医と主治医との情報共有は難しくなりますが、積極的に相互連携を取ろうとする姿勢が勉強になりました。琉球大学での研修では、同じ日本の、同じ法医解剖であるにもかかわらず、違いの大きさに驚かされました。様々なことに対応できるよう、本研修をしっかりと生かしていきたいと思います。

平成30年2月 法医学者育成のための国際ワークショップ開催!

本プログラムの成果を報告すると共に、他機関での法医学者育成の取り組みを紹介してもらうため、国際ワークショップ「未来に羽ばたく法医学者を育てるために」を開催しました。法医学者だけでなく、警察本部、検察、児童相談所、医学部学生などの多くの方々にも参加いただきました。
第一部では、国内外の法医学者育成について、まず海外連携大学であるミュンヘン大学(ドイツ)のLisa Eberle先生から、ミュンヘン大学法医学研究所の体制や業務内容、法医学者育成の現状などを分かりやすく解説いただきました。特に、日本とドイツとの制度の違いは興味深く、多くの質問が上がりました。
長崎大学の池松和哉先生からは同大学での基礎研究医養成プログラム及び死因究明体制についてご講演いただきました。同大学は平成22年より文部科学省の「死因究明高度専門職業人養成事業」を展開し、平成27年より死因究明医育成センターを運営しています。センターの事業内容、基礎研究医養成プログラム、および死因究明体制について具体的な数字を交えて丁寧に解説いただきました。
また、国内連携大学である琉球大学からは、同大学のご出身である二宮賢司先生より、自らが育成され、現在は後進を育成することになった立場から、ユーモアを交えてわかりやすく解説していただきました。 長崎大学の大学院生である芝池由規先生からは、ハワイ・ホノルル市監察医事務所、韓国のNational Forensic Service、高麗大学、ならびにソウル大学での研修を通して、各施設における法医学者育成について紹介していただきました。
第二部では「未来に羽ばたく法医学者を育てるために~横浜市立大学の取り組みを通じて~」と題しパネルディスカッションを行いました。本学臼本洋介講師から本事業の概説と平成29年度の実績、特にミュンヘン大学法医学研究所での研修について説明がありました。
本学の大学院生である、解良仁美先生からは、本プログラム受講生の立場から、約半年間の研修について説明がありました。本プログラムの良い点、あるいはより良いプログラムにするための改善点などについて率直な意見がありました。
質疑応答では法医学者のみならず、警察官、検事、児童相談所の方からも発言をいただきました。関連機関の法医学への期待の大きさを感じる場面もあり、法医学者育成のためには多機関との連携も重要であると出席者全員が認識できたと考えています。

平成30年2月 北里大学訪問・北里大学での法医実務研修

同じ神奈川県内にある北里大学とは、原則的には地理的に区域分けをして解剖業務を担当しています。同じ地域にあっても教室の体制や研究分野などによって違いがあります。法医実務の面では、北里大学では司法解剖だけでなく検案や承諾解剖を実施していることが特徴です。犯罪性はないものの死因が判然としないご遺体を法医学者が検案をして、様々な要因を考慮した上で、解剖の要否を判断できることは優れたシステムです。また、北里大学では附属病院の救急部と密に連携して、解剖症例についての症例検討会なども行っています。法医実務のみならず体制を学ぶためにも有意義な研修となりました。

プログラム受講者の感想

北里大学医学部法医学での研修では、主に施設見学、解剖見学、検案見学等を行いました。見学で最も印象に残ったのは、本学では機会が少ない検案でした。検案は解剖が必要かどうかを判断するためのスクリーニングであり、その最終診断は医師がするべきものです。ただ警察担当者が解剖の必要性を検討したうえで各機関に依頼するため、検案から解剖への変更は稀なことだと認識していました。しかしながら北里大学では検案として依頼を受けるものの、解剖できる態勢を整えた状態で検案し、本当に懸案が必要ないかどうか、解剖する場合は何を目的に行うのか、遺族感情はどうかなど、総合的に解剖の要否を判断していました。解剖か検案かは検案医が判断すべきであり、その医師が解剖するのが理想とも言えます。今回の見学で学んだ検案医の姿勢を、今後も忘れずに心掛けたいと思いました。