慢性痛の治しかた

急性痛VS慢性痛
治療法もGOALもぜんぜん違う

急性痛は、痛みの原因を見つけて治す

急性痛は、痛みの原因がはっきりしています。
従来の日本の医学では、痛みといえば急性痛=組織の損傷など、身体的な危険を警告して、自己を保全するためのシグナルとして有用なモノであると考えられてきました。急性痛は大抵の場合一過性で、外傷や炎症が治れば次第に弱くなり、消えて行きます。
病院を受診する場合には、転んだり、ぶつけたり、刃物で切ったりなど、患者自身に思い当たる原因があり、診察をしたり、レントゲンやCT、MRIなどの画像検査をすれば、骨折や打撲などの障害がみつかることが多いです。
ゆえに急性痛の治療では、痛みの原因を発見して、障害を受けた組織を治す、あるいは痛みの原因を取り除くことがGOALになります。痛みそのものを治そうという発想はありません。
また痛みの原因となっている組織の障害や炎症に対しては、非ステロイド系消炎鎮痛薬がよく効くことが多いです。

慢性痛は、全人的治療が必要

慢性痛は、複数の要因が絡み合って起きるので、原因を単純に特定することはできません。
医療現場では、原因と思われるケガや病気が軽減、あるいは取り除かれ、自己保全のためのシグナルとしての役割が不要になったにもかかわらず3か月以上または6か月以上続く痛みを慢性痛と呼んでいます。
診断ではまず、臓器・骨・関節などに腫瘍や障害がないことを明らかにします。痛みが急性痛ではないことを確認して初めて、慢性痛として、運動療法や心理療法などを含めた具体的な治療法の検討に入るのです。
ここで肝心なのは、急性痛と慢性痛では、痛みの仕組みも、治療の有効性もまったく違うということです。
たとえば、急性痛によく効く非ステロイド系消炎鎮痛薬は、慢性痛には効果がありません。ほとんどの慢性痛は組織の障害がなく、当然炎症もないからです。病院で処方された痛み止めが効かない時は、「もっと強い薬」を要求するのではなく、慢性痛を疑いましょう。
慢性痛についてきちんと勉強した医師が行う慢性痛治療の特徴は、全人的な治療をすることです。痛みを悪化させていた心理的・社会的な原因にまで踏み込んで治療しなければ、慢性痛は解決しないからです。全人的な治療には医師だけでなく、臨床心理士、看護師、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー等多職種の専門スタッフが参画する「集学的治療」が有効とされています。
ただ、残念ながら慢性痛を完全に取ることは難しいのが現状です。よって現在の治療では、痛みそのものはゼロにできないまでも、QOL(生活の質)とADL(日常生活動作)を向上させ、心身両面で慢性痛の痛みの呪縛から抜け出せることをGOALと定めています。

監修北原雅樹

横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科 診療部長・診療教授、公認心理師

1987年3月、 東京大学医学部卒業。帝京大学医学部附属市原病院麻酔科、同大帝医学部附属溝口病院麻酔科助手を経て、1991年~96年米国留学(Resident of Anesthesiology, University of Washington Medical Center、Senior Fellow of Clinical Pain Service, University ofWashington Medical Center)。
1996年8月に帰国後、帝京大学医学部附属溝口病院、2006年7月、 東京慈恵会医科大学ペインクリニック診療部長、2009年4月、 東京慈恵会医科大学ペインクリニック診療部長、麻酔科准教授を経て、16年4月横浜市立大学附属市民総合医療センター麻酔科特任教授(兼任)。17年4月、横浜市立大学医学部麻酔科学講座准教授(ペインクリニック担当)、20年4月より現職。