慢性痛の基礎知識

「慢性痛は治らない」と
諦めている人が多いのはなぜ?

痛みには大きく分けて「急性痛」と「慢性痛」の2つがあります。簡単に言うと、ケガをしたときなどに感じる痛みが急性痛で、肩こりや腰痛などの長引いている痛みが慢性痛です。

このような腰痛、肩こり、ひざ痛など、なんらかの慢性痛で悩んでいる人は全国で約2,315万人*1、日本人のおよそ5人に1人に上ります。しかも、そのうちの66.6%は「痛みがあっても我慢するべき」と考えており、長く続く痛みに対して「痛みが治ることを諦めている」と回答した人は69.1%にものぼっています。*2 また、慢性痛がある人の約8割にあたる77.4%は現在通院しておらず、約4割は病院を未受診で自己対処していることも分かっています。*3
これらの数字からは、痛みは治らないものと諦めている人がとても多いこと、その背景には、複数の病院を受診したけどダメだったという体験があることが分かります。

どうしてこんなことになるのでしょう?
本来、慢性痛のほとんどは、それほど厄介なものではなく、適切に対処すれば治るものです。
それなのに、治るどころか症状を徐々に悪化させ、生活に支障をきたすほどこじらせている人があまりにも多いのには、2つの大きな理由があります。

  1. 「急性痛」と「慢性痛」の区別がついてない
  2. 慢性痛の「本当の原因」に気づかない

実は日本では、2つの痛みの区別がついていないのは患者に限らず、医師ですら急性痛と慢性痛を混同し、正しく判定できる人が少ないという現状があります。これでは、治せる痛みも治せないのはムリありません。

*1:「痛みに関する大規模調査」(2010)ムンディファーマ
http://www.care-mane.com/pdf/news/201011/20101101-3.pdf
*2:「47都道府県比較 長く続く痛みに対する意識・実態調査」(2017)ファイザー
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2017/2017_08_23.html
*3:「男女比較 長く続く痛みに関する実態調査2015」(2015)ファイザー
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2015/2015_04_22.html

原因は消えても、
ずっと痛いのが慢性痛

「急性痛」と「慢性痛」は、発生するメカニズムも治療の有効性もまったく異なります。

簡単に説明すると、指を切ったり転んで足をくじいたり、あるいは虫垂炎や胃潰瘍を起こしたりというように、はっきりした原因があって生じるのが急性痛で、レントゲンやCTなど画像検査をしたりすれば痛みの原因となる障害がみつかります。治療も、痛みそのものではなく、痛みを起こしている原因、つまりケガや病気を見つけて、それを治療することが、結果的に急性痛を治すことになります。

一方慢性痛は、原因が分かりにくい痛みです。
国際疼痛学会では慢性痛を「急性疾患の通常の経過、あるいは創傷の治癒に要する妥当な時間を超えて、長期(3か月または6か月)にわたって持続する痛み」としています。「3か月または6か月」と期間に幅があるのは、ケガや病気の程度、損傷したのがどの組織か、あるいは個々人の栄養状態などによって、治癒にかかる時間に差があるからです。
(誤って指を切った程度のケガと、病院で何針も縫うようなケガでは、当然、治癒に要する時間が異なります)

つまり慢性痛とは、その組織の通常の治癒期間を超えて続く痛み。簡単に言うと「痛みの原因となるようなケガや病気はとっくに治っているのに、痛みだけが消えずに続いている」状態を指します。

治療するほどこじれる!
痛みの"一生もの化"現象

医師の側に、急性痛と慢性痛の区別がついていない場合には、時として悲劇が起こります。

本来なら、痛みの原因かもしれないケガや病気が治った後も、長期にわたって痛みが続いている場合には「急性痛ではない」と判断して、別の治療法を考えるべきです。ところが、急性痛と慢性痛の区別がついてないと、慢性痛に移行していても急性痛の治療をやり続けていることがよくあります。なかには不必要な手術を行い、新たな痛みの原因をつくりだしていることさえめずらしくありません。

たとえばギックリ腰は発作を起こしてから24~48時間は安静にしますが、その後はゆっくりと身体を動かしたほうが早く回復するというのが、今の世界の共通認識です。しかし日本では、いまだに、ギックリ腰を突き指や骨折と同じようにとらえ「痛みがなくなるまでは動かさないほうがいい。安静にしていよう」という間違った認識を持っている人が少なくありません。そのため、過度の安静を続けたことで身体能力の大幅な低下や精神状態に悪影響を及ぼす「廃用症候群」(「生活不活発病」ともいわれます)を発症し、認知症の悪化や寝たきりになってしまうことが特に高齢者ではよくあります。また、痛みの軽減を目的に処方された薬のせいで、逆に痛みが増してしまうケースもめずらしくありません。

慢性痛なのに急性痛の治療をすることは、痛みを“一生もの化”してしまう原因になります。

慢性痛かもしれない
「痛みの怪しい原因疾患」

  • 緊張型頭痛
  • 椎間板ヘルニア
  • 頸椎ヘルニア
  • 頸部脊柱管狭窄症
  • 腰椎すべり症
  • 腰部脊柱管狭窄症
  • 坐骨神経痛
  • 梨状筋症候群
  • 手根管症候群
  • 頚椎症
  • 変形性ひざ関節症
  • 半月板損傷
  • 腱板断裂
  • テニスひじ
  • 腱鞘炎
  • 外反母趾
  • 歯痛

ここに列挙したのはいずれも、痛みで医療機関を受診した場合に、医師から告げられることが多い診断名の一部ですが、その痛みが「3か月または6か月も続いている場合」には「慢性痛」を疑ってみることをお勧めします。

たとえば腰痛の原因として最もよく耳にするのは「椎間板ヘルニア」ですが、何の痛みも訴えていない健常な人の腰のMRIを撮って調べると、5歳で15%、30歳で30%、60歳で60%の人にヘルニアが見つかるというデータがあります。腰に痛みがなくともヘルニアがあるということは、逆に言えば、必ずしもヘルニア=腰椎の原因とはならないということにほかなりません。

「背骨のなかには、脳からつながる神経が束になって通っていて、途中で枝分かれしながら、それぞれが運動や感覚を支配している体の各部位へと延びています。これらの神経が、脊椎の間から飛び出したヘルニアや脊柱管のゆがみによって圧迫されると、圧迫された神経が支配する部位に痛みやしびれが生じるのです」──慢性痛のことをよく知らない医師にかかると、だいたいこんな説明をされます。そして痛みの原因はほぼ「ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」や「骨の変形」など、身体の構造上の問題ということになるのですが、鵜呑みにするのは早計です。

痛みをこじらせる
「心理社会的な要因」って?

痛みが慢性痛へとこじれてしまう要因として、近年は「心理的・社会的な要因」が注目されています。

痛みは、ストレス反応の1つです。たとえば、ケガによる痛みは、身体に加わった外的ストレスに対する反応です。そして慢性痛には、生物的・心理的・社会的なストレス因子がすべて関連しています。

最初のうちは腰の筋肉がちょっと張って痛む(生物学的因子)程度だったのに、仕事でミスをして上司に叱られ(社会的因子)、ひどく落ち込んでうつ状態になり(心理的因子)、出社するのが大きなストレスになって、朝起き上がれないほどに痛みが悪化してしまった。…ということが、普通に起こるのです。

すべての因子が複雑に関連しているので、痛みの原因(筋肉の張りとか)だけを治療しても、完治させることはできません。しかも、痛みが長引くほど、脳が誤作動(痛みは脳が学習することで形成されます)して痛みが増幅されるため、頭の中はどんどん痛みに占領されて行きます。

そうして、痛みのことばかり考えていると、気持ちはどんどん鬱屈して、仕事や勉強の効率が低下したり、寝つきが悪くなったり、アルコールの摂取量が増えたりなど、心理的・社会的な問題はますますこじれて、さらに痛みは増幅され、QOL(生活の質)やADL(日常生活動作)も低下して、という負のスパイラルに陥ります。

その上、痛みは症状が目で見てわかるわけではないので、周囲からなかなか理解が得られません。本当に痛いのに怠けていると責められることがストレスになり、慢性痛をさらに悪化させてしまっている人は少なくありません。