診断の仕方
慢性痛の専門医を探す
本サイトの「慢性痛に対応している病院」の拠点病院一覧からお近くの医療機関を探して相談し、紹介してもらってください。
肩こりや腰痛等は整形外科、頭痛や胃痛は内科や神経内科で診てもらうというのが一般的ですが、「慢性痛」に関しては、受診すべき診療科は簡単には見つかりません。(「痛み外来」を標榜していても、痛みの専門教育を受けていない場合があるので要注意です)
慢性痛の専門医は、ペインクリニック、整形外科、脳神経外科、リハビリテーション科、神経内科などの専門医が、さらに慢性痛についての専門教育を受けています。しかしながら、今の日本では、大学でも専門教育を受けられる機会が限られているため、慢性痛の専門医がいる医療機関は極めて少ないのです。もっと気軽に、身近な医療機関で、慢性痛の専門的な治療が受けられるよう医療の在り方を改善する必要があります。
「急性痛」ではないことをはっきりさせる
慢性痛を治すには、急性痛ではないことを見極めることが大切です。なぜなら、「背中の痛み」ひとつとっても、その原因には、激しい運動をしたことによる筋肉痛から、背骨にできた腫瘍、あるいは膵臓や肝臓、胆のう等々内臓の病気によるものなど多々あるからです。
したがって、慢性痛の専門医はまず、痛みを引き起こすあらゆる可能性を想定して診察し、必要な場合には検査を行って可能性を1つずつ潰していき、最終的に急性痛ではないことをはっきりさせることから診療を始めます。
ちなみに初診時には、回答するだけでゆうに30分はかかる詳細な「問診票」を記入します。(タブレットを導入している場合あり)同じような質問が何度か繰り返されますが、そこには意識的・無意識的に隠されている患者の本音を探る工夫が凝らされています。億劫がらずに記入しましょう。
初診が肝腎、話をじっくりきいてもらう
日本の医療機関はよく「3分診療」と言われますが、慢性痛の診療、特に初診時には、「患者さんの話をじっくり聞く」ことを専門医は重視しています。痛みとは直接関係がないと思われるような話の中にも、痛みの解決につながるヒントが潜んでいることがあるからです。特に心理社会的な要因が強い場合はなおさらです。
「家族の介護」「経済的な不安」「職場の人間関係」等々、思いもよらないことが痛みを増幅させているケースも少なくありません。
では、それを聞いた医師はどうするか──。
つまり、痛みの症状だけでなく、背景にある心理面や社会面を含めて全人的に診るのです。
診断=病名がわかることではない
「正しい病名が分からなければ、病気を治すことはできない。痛みを取り除くこともできない」と思っていませんか?確かに、腫瘍や感染症の場合はそうかもしれません。ですが、慢性痛の場合は、複雑な要因が絡まり合って起きてくるので、病名をつけることはできないのが普通です。ただし、診断がつかず、また原因がわからなくても、治療する方法はあり得ます。
ですから、診察の後で医師がはっきりとした病名を言ってくれなくても「ヤブ医者め」とは思わないでください。
治療方針とGOALを決める
慢性痛は、生活習慣や思考の"クセ"が深く関与している「生活習慣病」の1つなので、治療では、生活習慣と思考の"クセ"の改善が基本になります。
たとえば、ひざ痛と体調不良で生活に支障をきたし、骨粗しょう症もある患者さんに対しては、①これまでの病院で処方されていた鎮痛剤や精神安定剤などの不要な薬をやめさせる(薬の副作用で症状が悪化していることがある)、②食生活の改善を指導する(膝関節周辺の骨や軟骨、筋肉の衰えには運動不足と栄養不足が関係していた)、③骨粗しょう症を治療する(骨がもろい状態で運動すると、骨折の危険がある)、④生活習慣を変えることで体調を整えさせる、⑤ひざ痛に対する恐怖心を解消し、動ける身体にする運動療法を行う、⑥日常生活の中で、身体を動かす量をふやす……等の治療方針を立てて実行し、結果、ひざへの負担を軽減し、痛みを楽にすることをGOALにします。
治療のために医師にできる最も重要なことは、患者さんが気づいていない原因を見つけ出し、克服すべき課題として提示すること。あとは患者さん自身が頑張って課題を乗り越えることが肝心です。「専門医に診てもらって、治してもらう」という他力本願では治りません。
COLUMN
誤診多発! 筋・筋膜性疼痛という慢性痛
実は、慢性化した痛みの80%は筋肉の痛みだということが分かっています。それも運動後に起きる筋肉痛とは別物の、筋金入りの筋肉痛。筋肉がガチガチに硬くなってゴムバンドのようになり、そのなかにさらに、コリコリと硬くしこりになった部分「トリガーポイント」ができています。このトリガーポイントが原因となる筋肉の痛みが「筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)」、全身にできるため「脊柱管狭窄症」「線維筋痛症」「狭心症」「子宮内膜症」「椎間板ヘルニア」等々いろいろな病気と誤診され、不必要な手術を受けて痛みが悪化してしまう人は少なくありません。
集学的治療とは
従来の薬物療法、神経ブロック療法、手術など、一般的に行われてきた治療法では寛解しない慢性痛(難治性慢性痛)に対して、患者を心理的・社会的な面も含めて全人的に診て、さまざまな医療専門職がチームを組み、多方面からアプローチする治療法(生物心理社会モデルにもとづく集学的治療法)が集学的治療です。その有効性は国際的にも認められています。
集学的痛みセンターとは
集学的痛み治療を行う医療機関のうち、臨床・教育・研究・PRなど地域の痛み医療の中心となる施設を「集学的痛みセンター(Multidisciplinary Pain Center: MPC)」と呼びます。
日本以外の先進諸国のほとんどでは、人口100~200万人に1か所程度MPCが戦略的に(医療政策の一環として)配置されています。
一方日本では、慢性痛に対する集学的治療を試みている25の医療機関が、厚生労働省から支援を受け「痛みセンター連絡協議会」という団体に結集していますが、その中でも、集学的痛み診療を週5日以上行っている医療機関は数か所しかありません。
患者自身も治療チームの一員
医師、歯科医師だけでなく、看護師、薬剤師、心理士、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、精神保健福祉士、栄養士、鍼灸師等々、心身の健康にかかわる多種の専門職がチームとなって治療方針の決定から遂行まで担います。
また、患者自身やその家族も「病院で治してもらう」という受け身の姿勢ではなく、「チームと一緒になって治すんだ」という主体的な姿勢を持つことが大切です。
COLUMN
『アルプスの少女ハイジ』のクララは
なぜ歩けるようになったのか?
幼いころから病弱で歩くことができず、車いす生活を送っていた薄幸の少女クララ。彼女がアルプスの雄大な自然のなかで、仲良しの少女ハイジやそのおじいさんとの生活を始めた途端、みるみる元気になって歩けるようになる場面は、物語最大の山場であると同時に、最大の謎でもあります。クララはどうして、突然歩けるようになったのでしょう?
慢性痛の専門医は「まさに集学的治療が効いたのでは」と分析します。
クララはまず、山に来る前に山麓の温泉で6週間もの療養をしました。山に来てからは食欲が増し、出された食事を残さず食べるようになったおかげで体重が増え、顔色もよくなります。さらに車いすのままとはいえ、山道を毎日放牧地まで通うのは結構な運動。しかも、おじいさんは元軍人で傷病兵の介護をした経験があり、クララを歩けるようにするために、リハビリを指導しました。そうした環境の中でクララも「自分の足で歩けるようになりたい」という強い意志を持つようになり、自発的に努力を始め、ついに歩けるようになった!というわけです。車いすが破壊され、依存できなくなったこともきっけになりました。
作者ヨハンナ・シュピリの父親は外科から精神科までを兼ねる医師で、自宅は病院だったそうです。単なる奇跡ではない、医学的なエビデンスがある名場面は、そんなシュピリだからこそ書くことができたのかもしれません。
※参考文献:『100分de名著 シュピリ アルプスの少女ハイジ』松永美穂著(NHK出版)