正しい慢性痛医療の普及には、行政の後押しが欠かせません。皆さんの地域はどうですか?
20年遅れだった
日本の慢性痛治療に進化の動き
日本の慢性痛治療は、欧米から20年遅れていると言われています。たとえばアメリカのワシントン州立大学では、1960年の設立当初から、「痛みには、生物的・心理的・社会的な因子があり、それらが複雑に絡み合っている」という考えのもとに診断や治療が行われてきました。また日本以外の先進国のほとんどでは、少なくとも人口100万~200万人につき1施設、痛みを中心に診る「痛みセンター」が設立されています。
日本の場合は2020年8月末現在で全国に25施設(総人口は1億2593万人)だけ。全然足りていない、この現状を変えなくてはいけません。
ただ、明るい兆しはあります。近年、この状況を改善し、日本の慢性痛医療を前に進めようとする動きが行政の側からも起きているのです。ゆくゆくは、医療現場だけでなく、福祉・介護の現場でも慢性痛に関する知識・理解が広がり、誰もがスムーズに、正しい治療を受けられるようになるでしょう。ここでは神奈川県の事例をご紹介します。
在宅医療日本一の横須賀から始め、全県に広げる
神奈川県 健康医療局保険医療部 医療課地域包括ケアグループ
神奈川県は2019年度の『神奈川県大学発・政策提案制度』に、横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック(以下、市大)が提案した『神奈川県における慢性痛対策としての啓発活動』を採択し、市大と協働で取り組みを進めました。
採択の決め手は?
「慢性痛の治療には集学的な治療が必要。そのためには地域の医療関係者のみならず、介護・福祉関係者との幅広い連携が必要だ」という提案に賛同しました。県としてはかねてより、痛みに限らず、医療連携を推進していかなければならないという問題意識があったので。
痛みに着目した切り口も評価しました。
どのような支援を行いましたか?
助成金の交付に加え、広報活動を担いました。講演会の企画・実施は市大側の受け持ちです。2019年度には医療者対象を中心として十数回の講演会や研修会を開催しました。
新型コロナウイルス感染症の影響で、2020年度の講演会は開けませんでしたね。
そうですね、今年度は集会形式の形は行いにくくなってしまったため、YouTubeで動画を配信することにしました。7月8日に開始し、9月30日現在で12,500回再生されました。
『慢性の痛み講座 北原先生の痛み塾』
https://www.youtube.com/channel/UCmpwIqPLM3h3XUPEDT7owrQ
心掛けたことは?
当初、市大側は、神奈川県全域を対象に活動したいと言っていました。しかし県としては、地域との間に"草の根的な関係"を築くことが大切と考え、「まずは横須賀地域で始めてはどうか」と提案しました。
なぜなら、横須賀地域は在宅医療・介護の普及と連携に長いこと取り組んでおり、多職種間の“顔の見える関係”ができあがっているからです。なにせ全国の人口20万人以上の都市の中でも、横須賀市の自宅看取り率はトップです。これは一朝一夕にできたものではありません。医師の側も垣根を低くして介護・福祉関係者に歩み寄り、ことあるたびにカンファレンス(症例検討会)等を実施して、交流に努めたことが大きかったのだと思います。
慢性痛医療もぜひ、その輪の中に加わっていただきたいと考えました。
草の根は大事ですね。
そうですね。上からの押し付けではなく、地域がチームとして自発的に回っていくようにしないと、こういうことは根付きません。
市大と地域の医師の方々との間にも、紹介⇔逆紹介の関係ができることを願っています。
地域のクリニック等では対処できないような慢性痛は市大に紹介して診てもらい、症状が改善し、地域で診ることができるようになったら、今度は市大から地域へ逆紹介する、といった関係です。患者さんを、いずれは返してもらえると思えば、地域の医師側も安心して紹介できますよね。
それには、正しい慢性痛の知識を、地域の医師・介護・福祉関係者にもよく分かってもらわないといけませんね。
この2年間でずいぶん進んだと思いますので、今後もぜひ活動を続けてもらいたいと思っています。
ワンストップサービスの一環で慢性痛にも対応
横浜市医療局疾病対策部 がん・疾病対策課
横浜市は、地域の身近な福祉・保健の拠点「地域ケアプラザ」で慢性痛に関する市民からの相談を受け、横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック(以下、市大)につなぐなどの支援を行っています。また、各区に設置している「在宅医療連携拠点」でも市大の取組を共有し、必要に応じて連携を図るようにしています。
「地域ケアプラザ」とはどういう施設ですか?
高齢者、子ども、障害のある人など誰もが地域で安心して暮らせるよう、身近な福祉・保健の拠点としてさまざまな取組を行っている、横浜市独自の施設です。専門員が無料で相談を受けており、地域ケアプラザまで来られない人のために、訪問相談も行います。2020年4月現在、市内に140か所あります。
慢性痛に関する相談にも乗っているんですね。
慢性痛専門の相談コーナーがあるわけではありませんが、市民から相談が寄せられた際にはお答えできるよう、専門員も勉強しています。たとえば月例の「幹事会」と「全大会」に市大の北原雅樹先生(臨床教授)や部下の方(公認心理師)に出席していただき、慢性痛の知識や横浜市立大学附属市民総合医療センターでの取組みについて講義してもらったりしています。
市民の反応はどうですか?
2019年には、南区の在宅医療連携拠点で、「痛みとつきあう」をテーマに北原先生を講師に迎え、約100名の皆様にご来場いただき、在宅医療啓発講演会を開催しました。
今後も市民の関心や在宅医療連携拠点の現場からの提案や取組があれば、医療局としても支援してまいります。