横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科
総合病院の強みを活かし、集学的治療を実践
北原雅樹 診療部長・診療教授、公認心理師
インタビュー
痛みの原因は、心理的社会的因子が複雑に絡んでいる
「慢性痛の診療は、患者さんを病気中心に診る従来型の医療モデルではなく、痛みの原因は心理的社会的因子が複雑に絡んだものであることを理解した医療者が行わなければならない」――それが北原雅樹医師の信念です。
長く続いている痛みには、疾患やケガ以外の心理的社会的因子が複雑に絡んでいることが多々あるのに、日本の医療界では長いこと、この事実が軽んじられ、慢性痛を正しく診断できる医師も育たず、大勢の患者さんが苦しんできました。「この現状を変えなくてはならない」と考えた北原医師は、2017年に同センターに異動して以来、日々の診療を重ねながら、日本の慢性痛診療の改革に取り組んできました。
受診されるのはどのような患者さんですか?
それぞれの病院や医院で痛みの治療の効果がなく、多角的な診療が必要と思われる患者さんをご紹介していただき、評価・診断後、治療を開始し、治療方針が確定しある程度治療が軌道に乗った時点で、紹介元へ逆紹介させていただくことを基本方針としています。紹介状には、頭痛(片頭痛、緊張性頭痛)、各種神経痛(三叉神経痛、糖尿病性神経障害、帯状疱疹後神経痛、坐骨神経痛など)、脊椎疾患に関連する痛み(椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、変形性脊椎症など)、急性帯状疱疹、難治性慢性疼痛症候群(線維筋痛症、複雑性局所疼痛症候群CRPS、筋筋膜性疼痛症候群など)等多数の診断名が記されていますが、見当違いである場合が少なくありません。多くの医師は、慢性痛の心理的社会的因子を見落としているのです。
治療の特色を教えてください。
集学的痛み治療を実践導入していることです。公認心理師、理学・作業療法士、MSW、栄養士、鍼灸師などの専門医療職と密接に協力しながら痛みの診療を行い、また必要に応じて、リハビリテーション科、精神科、整形外科、神経内科、婦人科などの診療科にも協力を仰ぎながら治療を進めています。私自身も「公認心理師」の資格を取り、心理的社会的因子が絡む痛みの診療に役立てています。 もう1つ、筋肉由来の痛みの診断・治療に有効な筋肉内刺激法(IMS)を取り入れていることも特色です。解剖学の知識に基づいたトリガーポイント治療の一種で、東洋医学の鍼治療に用いる針を使用します。私がアメリカ留学していた際に、開発者であるDr. Gunnから直接指導を受け、日本に紹介しました。
患者さんにアドバイスをお願いします。
日本の医師の多くは、レントゲンやMRIなどの画像検査ではっきりとした原因がみつからないと、「特に異常はないから、様子を見ましょう」とか「気のせい」にして何も治療しない、あるいは「とりあえず痛み止め」を処方したり、ひどい場合は「不必要な手術」までしています。それでは慢性痛が治るはずがありません。私は、痛みの知識がない医師も問題ですが、患者さんも、慢性痛について自分で勉強することが必要と考えます。なぜならほとんどの場合、慢性痛は生活習慣病の一種であり、克服するには、本人が自分の生活や性格を見つめなおし、慢性痛を悪化させている原因を見つけて治す、自助努力が不可欠だからです。
フォトルポルタージュ
集合写真
ここは集学的痛み治療を行う国内有数の「集学的痛みセンター」。日本全国に標準化された痛み治療を普及させるための拠点となるべく、スタッフ一丸となって、治療成績の向上や効率化、啓発活動等に取り組んでいる。
診療科の案内ボード
慢性痛は、診断にも治療にも多角的な視点と知見を要する。同施設内に国内トップクラスの医療者・診療科が揃っている総合病院の強みを活かし、随時横の連携を取りながら診療を進めていることも大きな特長だ。
カンファレンス
月に一度の総合カンファレンスは、連携している他施設の専門家もリモート参加して行われる。検討されるのは、とびきりの難治例ばかり。心理的因子が絡む症例は難しく、科学的データもにらみながら真剣な議論が交わされる。
IMS(トリガーポイント刺激療法)
トリガーポイントは、慢性痛の原因となる筋肉内にある固い”しこり”のような点。IMSは東洋医学の鍼灸で使用する細い針を用いて、極めて正確、かつ深い部分の筋肉にも刺激を与えて治療を行う。薬剤不使用、針の先端が細くとがっていないため、比較的安全に治療できる。
治療は東洋医学の鍼灸、運動療法等々、さまざまな療法を組み合わせて行う。一人の名医だけではできない、まさに専門的な英知と技術を集めて行う「集学的治療」だ。
千里山病院 集学的痛みセンター
社会復帰をめざす、入院・外来での治療
柴田政彦 奈良学園大学 保健医療学部 教授 インタビュー
心臓病患者が、移植手術を受けて社会復帰するのと同等の価値がある
「慢性痛の治療には、若くして心臓病で寝たきりに近い生活をしていた患者さんが、移植手術を受けて社会復帰するのと同じくらいの価値がある」――そう柴田政彦医師は言い切ります。30年余りに渡って慢性痛患者に寄り添い、治療してきた経験からの言葉です。 千里山病院はかつて柴田医師が教授を務めていた大阪大学疼痛センターと連携し、2015年から集学的治療入院プログラムを開始。2017年には外来部門を充実させて、「集学的痛みセンター」を設立しました。慢性痛に対する入院治療を行っている病院は日本ではごくわずか。5年間で50人近い患者さんが入院し、改善もしくは社会復帰を果たしてきたことが柴田医師ら医療スタッフの誇りです。
受診されるのはどのような患者さんですか?
慢性腰痛、関節の痛み、手足のしびれ感など3ヶ月以上続く慢性の痛みやしびれのために日常の生活や仕事に支障をきたしている方々です。皆さん「いくつかの医療機関を受診したけど、痛みが変わらない」とおっしゃいます。
そうした痛みが続く状態は、疾患そのものの性質、心理社会的要因、医療者側の要因が複雑に関わって、症状の改善が難しく、痛みのために、活動量が少なくなり、心理的な問題を生じ、生活の質が低下すると言われています。問題が多様過ぎて、従来の治療では対応しきれないことも多いのが現状です。
入院治療のメリットを教えてください
外来で治療する場合には、週に一回40分ないし1時間くらいのメニューを行ってもらうのですが、入院治療の場合は1日中、朝から晩までびっしりつまったプログラムを3週間、集中して行います。患者さんの反応は明らかに違いますね。というのも週一回だと、その時はよくても、翌週には体の動かし方や痛みに対する恐怖心とかが元に戻ってしまい、また一からやり直しみたいになります。でも入院なら、毎日少しずつ改善し、3週間目には見違えるようになることも少なくありません。海外では慢性痛を入院で治療するのはよく行われていますが、日本ではほとんど行われていないのが実情です。しかし、治療効果の高さは明白なので、ぜひとも日本中でも広めて行くべきだと思います。
患者さんにアドバイスをお願いします。
「治してもらう」ではなく「自分で治す」つもりで受診してください。よく精神科医は「道を聞いてきた人(患者さん)に、道を教えてあげるだけの態度が望ましい」と言われていますが、慢性痛治療も同じです。私たちは「何かお役に立てることはありますか。あなたのためにできることはしますよ」というスタンス。治すのはあくまで、患者さん自身です。 ただし、慢性痛患者の総数から言えば、このやり方でお役に立てる方はそう多くはありません。でも、必要とする患者さんは確実におられるので、そういう方たちをしっかりと受け入れられるような体制を、今後整えていきたいと思っています。
フォトルポルタージュ
集合写真
柴田医師、痛みのリハビリテーションのエキスパートである高橋紀代センター長(中央)、理学療法士で痛み診療コーディネーターの中原理さん(前列左から2人目)ら、複数の専門家が集合し、初診時から退院後の通院まで継続的に診る。
入院前カンファレンス
入院前診断も、医師、療法士らが平等に各20分問診を行い、最後に検討会でそれぞれの評価を出し合って治療方針を決める。「慢性痛の仕組みは複雑。状況は一人一人違うから医師だけでなく、さまざまな専門家による複数の目で診ることが必要」と柴田医師は言う。
理学療法士による運動療法
運動指導中。患者の隣に座り、身体と心の現状を細かく聞き取った後、両足に重りをつけた状態での膝の上げ下ろし等、複数の運動をセットで行う。ジムにあるようなマシーンも使うが、基本は自宅でも継続できるよう工夫した運動が主体となる。
週一回の全体カンファレンス。患者の状態をそれぞれの視点から報告し合い、今後の方針を決めていく。「寝たきりだった人が、1時間以上も歩けるようになった」――初診時とは見違えるほど回復した患者の話になると、全体の雰囲気がパッと明るくなった。
患者に寄り添う
散歩は大切なトレーニング。社会復帰の手助けには、日常に寄り添ったトレーニングが重要だ。理学療法士は患者の勤務先まで共に「通勤」することもある。「健常者なら1時間で行くところを3時間ぐらいかかることもありますが、それでも通勤できたということが患者さんの自信になる」。
集学的治療入院プログラム スケジュール
入院プログラムでは,痛みの特徴や向き合い方をスタッフと一緒に学んで頂き、痛みのコントロール方法や体を動かす習慣を身に付けることを目標にしている。「今抱えている痛みへの対処方法を身につけて、充実した日々を取り戻しましょう」(高橋紀代センター長)
全国の慢性痛に詳しい医療機関(集学的痛み治療が受けられる病院)一覧
*受診には紹介状が必要です。自分は慢性痛かもと思う方は、まずは居住地域の痛みセンターに問い合わせ、お近くの医療機関を教えてもらい、受診してください。