研究内容 RESEARCH
自然免疫系による自己と非自己の識別
ヒトは、病原体などから身体を守る「免疫」という防御機構を備えています。免疫細胞は、細菌やウイルス、がん細胞といった身体にとって危険なものを排除する一方で、自分の身体を構成する細胞や栄養になる食べ物には応答しないよう何重にもブレーキがかけられています。つまり、自己と非自己を識別し、非自己を排除する、その絶妙なバランスによって寛容を保つことで、健康を守っています。私は、これまで、免疫を調節する仕組みを理解し、病気の予防や治療に役立てる研究に取り組んできました。特に関心を持っているのが、単球やマクロファージが備える相反する二つの機能です。
破壊と再生|単球・マクロファージがつかさどる相反する作用
感染や組織傷害が起こると、まず好中球、単球やマクロファージなどの自然免疫細胞が異常を感知して急性炎症を引き起こします。しかし自然免疫細胞の破壊力は大きく、次第に病原体だけでなくその周りにも炎症を引き起こし、二次的な組織傷害につながってしまいます。興味深いことに、単球やマクロファージは、急性炎症の原因が排除されると速やかに炎症を収束させるばかりか、炎症で傷ついた組織の修復も助けることがわかってきました。同じ免疫細胞が異物を攻撃・排除し、また反対に傷ついた組織を再生させる、こうして破壊と再生が繰り返されることで身体の恒常性は保たれています。
修復に特化した新しい単球サブセット「制御性単球」を発見
しかし今度は、単球やマクロファージがどのように、炎症の促進と収束、破壊と再生という相反する要請に応えているのか、という疑問が生じます。この疑問に答えるため、私は多次元フローサイトメトリー、機械学習やシングルセルRNAシークエンス解析などの技術を駆使して、マウスの骨髄、末梢血や炎症組織における自然免疫細胞の性質の変化を解析しました。きわめて最近、骨髄では破壊を司る単球と、炎症を抑え修復を助ける単球が作られており、炎症の経過に応じて性質の異なる2種類の単球が供給されることを発見しました(図1)。そして、私の研究によって独自に発見されたこの修復性単球を「制御性単球」と命名し、分化や増殖の方法を全面的に解明することに成功しました(図2)。
ヒトの炎症疾患に制御性単球がかかわる可能性
ここが臨床的に重要なポイントですが、制御性単球はマウスだけでなく私たちの体の中にも存在し、炎症が起こることで増えてきます。これから、制御性単球と自己免疫疾患や炎症性腸疾患との相関を証明していくことで、難治疾患の治療に役立てたいと考えています(図3)。もちろん、制御性単球の炎症抑制作用が悪い方向に働く場合があることも見逃してはいけません。たとえば、HIVのような病原体は、私たちの細胞内に潜伏し、巧みに免疫監視を回避しています。そのような病態における自然免疫細胞の役割を解析し、免疫系の脆弱な部分を明らかにしていくことで、潜伏感染への対抗戦略開発に挑戦します。