手術麻酔

 麻酔科医の業務の主体は手術麻酔であることは疑いのない事実です。 つまり単に「麻酔をすること」が麻酔科医の仕事と思われがちです。本当にそうでしょうか?

 手術室に来る患者さんの目的は手術をして病気を治すことにあります。 つまり患者さんにとっては「麻酔をされること」が目的ではありません。それでは麻酔科医は何故「麻酔をする」のでしょう。 「麻酔をしないと痛いから」、「麻酔をしないと不安だから」という理由だけでしょうか?

 怪我や病気の治療として手術という大きな侵襲を受けると組織の損傷、痛みなどに起因するストレス反応のため生命維持の危険にさらされることになります。 麻酔科医は患者さんの生命を守るため、心臓などの循環器、呼吸器、神経、代謝、免疫などを生理学的に正常の状態に近づくように様々な薬剤、 輸液や人工呼吸などを用いて全身状態を連続的に診断し治療することによりコントロールすることが役割になります。 麻酔はそのための一つの手段に過ぎません。痛みや意識をコントロールすることにより全身管理上の合併症を防いだり治療することができるため「麻酔が必要」なのです。

 臨床麻酔科医には一般外科手術だけでなく心臓手術、小児手術、脳神経手術、産科手術などのスペシャリストもいます。 あらゆる診療科の手術に対応するため多彩な専門知識が必要になります。 外科医とチームを組み、お互いに情報を共有しながら協力しあい、時には助言をすることにより手術の安全性を高めながらより質の高い手術に貢献しています。


気管挿管
気管挿管
硬膜外麻酔
硬膜外麻酔


術前評価

 手術や、場合によっては麻酔による異常事態がおこることがあります。 それを未然に防ぐためには手術前に十分な評価をしておく必要があります。 手術の強いストレスが重要臓器にどのような影響を与えるのか、また術前の合併症が手術によりどの程度影響をうけるかについての正確な評価が重要となります。 手術に際しては、脳梗塞や脳出血、心筋梗塞、肺合併症などをおこす危険性が増加します。頻度は低いにもかかわらず、手術による重篤な合併症は悲惨な結果を生みます。 そこで、麻酔科医は手術中のストレスを軽減させる麻酔技術のみならず、手術前後に渡って合併症を起こさないように注意をするようになりました。 リスクと利益を考慮しながら、迅速な対応をとることができることが麻酔科医の重要な役割となります。 最近の麻酔技術の進歩により、術中心停止などの発生は極めて低くなりましたが、以前は頻度が低いとされてきた、急性肺血栓塞栓症の予防や対応が重要視されるようになりました。 当院では麻酔科が中心となって病院全体で予防ガイドラインを制定し、手術前後に渡って効果的な予防を行うようにしています。

モーニングカンファランス
モーニングカンファランス(その日の症例の麻酔計画を、全員で検討します。)



術中モニタリング

 麻酔技術の進歩は20世紀の医学の中でもっとも貢献度が高い一つと評価されています。 外科学の発展は麻酔法の発展と同じ歩みともいえます。 特に、最近の麻酔の安全性の向上は、術中のモニタリングと麻酔薬の進歩によるところが大きいといえます。 指先につけてだけで血中酸素飽和度(簡易的な体内酸素量評価法)を計測できるパルスオキシメーター、 呼気二酸化炭素分圧を計測するカプノグラムなどは必須のモニターをなっています。 食道から心臓や大血管の超音波診断ができる経食道心エコー法は、術中の異常事態時の診断、 心血管手術の術直後の評価などいままでモニタリングでは不可能であった診断が可能となっています。 また、脳波測定による意識のモニタリングが可能となり好ましい麻酔深度を保つなど、 麻酔の安全性や質を高める生体計測技術の向上は目を瞠るものがあります。


経食道エコー
 経食道エコー
カプノグラム
 術中モニター

麻酔器
 麻酔器
一元監視モニター
 一元監視モニター


急性期疼痛管理(Acute Pain Service)

 「手術をしたのだから手術後は痛いのが当然」と皆が思っていました。 しかし、術直後の創の痛みは多くの患者さまの大きな苦痛の一つです。 そればかりか、手術後の合併症を増加させたり、治癒を遅らせたりなど好ましい点はありません。 多くの鎮痛薬が使用されますが、投与経路、投与方法など異なり、効果的な使用には専門的な知識が必要になっています。 そのなかでも、硬膜外麻酔鎮痛法は有用性も高く、頻用されている鎮痛法です。反面、重篤な副作用をおこすリスクもあり、 十分なトレーニングを受けた医師によって行われる必要があります。 加えて最近新しい麻薬性鎮痛薬(レミフェンタニル)が臨床使用可能となり、 その切れ味のよさで術中の疼痛管理は非常に容易になった感がありますが、かえって術後の疼痛管理に難渋するという皮肉な結果を招きかねません。 われわれは効果的な術後鎮痛の達成のために、安全性に十分配慮した上で、 痛みを感じたときに自分で薬剤を投与できるPCA(patient control analgesia)法を必要な症例には、全例適応しようと試みています。

 麻酔科医は主に臨床生理学的アプローチから患者さんの診断と治療を迅速に行うことのプロフェッショナルであります。 よってその専門性を活かし集中治療救急医療を通じて活躍している麻酔科医も多くいます。 また臨床麻酔を行うことにより痛みのメカニズムに精通し、痛みの治療を専門とする分野(ペインクリニック・緩和医療) にも活躍の場が拓けているため多くの急性痛、慢性痛、癌性疼痛の患者さんの治療を行っています。 このように麻酔科医は臨床麻酔を基礎に、その全身管理や痛みの治療の専門性を活かし多くの分野で活躍しています。

 つまり麻酔科医はすべての診療科に対応する「全身管理と痛みの治療を専門とする」科として 現代の急性期医療には欠かせない存在となっています。



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