担当
川崎 隆(講師,機能的定位脳手術技術認定医)
治療詳細
DBSとは,パーキンソン病や本態性振戦,ジストニアといった運動障害疾患に対し,文字通り脳深部の大脳基底核に電極を埋め込み,それを電気刺激することで症状を改善する,という治療法です.電極を脳に埋め込むだけでなく,電池を胸の皮下に,接続コードも頚の皮下に埋め込みます(図1,図2).
対象となる病気
一番多いのはパーキンソン病です.パーキンソン病は脳深部の大脳基底核におけるドパミンが不足することによって起こる病気です.したがって,治療は基本的にはドパミンを薬として補充する(L-ドパ製剤)薬物療法が中心です.しかし,薬物療法を開始して5〜10年経つと,薬の効いている時間が短くなり,薬が効いていて調子のいい時(ON時)だけでなく,薬の効果が切れて動けなくなる時 (OFF時) が,一日のうちに何回も繰り返すようになります.そのため薬の量がどんどん増え,1日に5回,6回,中には10回も薬を飲むようになってきます(ウェアリング・オフ).それだけでなく,体が勝手に動いてしまうジスキネジアという不随意運動が起こります.そうなると薬だけで症状をコントロールするのは難しくなってきます.そこでDBS手術を行って,電気による症状改善を追加するわけです.
また,パーキンソン病の症状の中には振戦(ふるえ)のように,薬が効きにくい場合もありますが,その場合はDBSを行って症状を改善することができます.
本態性振戦,ジストニアといった不随意運動を起こす病気にもDBSは有効です.いずれも原因は不明ですが,大脳基底核の機能異常が起こっているらしいと言われています.まずは薬による治療を行いますが,効果がない(少ない)ことが多く,DBSが有効なことがあります.とくに遺伝性のジストニアは劇的に改善することが知られています(ジストニアの種類によります).
手術の方法
脳深部の大脳基底核にどうやって電極を命中させるのか
これには定位脳手術という方法を用います.頭にフレームを装着して(図3),その状態でCTスキャンを撮影します.そうすると脳の断面図にフレームの一部が一緒に写ります.そこでフレームを基準にして,患者さんの大脳基底核の位置を座標 (X: Y: Z:) で表すことができます.座標はコンピューターで計算します.手術室に戻り,フレームにアークという器具を取り付けて,計算した座標 (X: Y: Z:) 通りに目盛りを合わせて電極を進めていけば,その座標に到達することができます.
座標通りに進めば,本当に大脳基底核に到達できるのか
電極は脳内をゆっくり進みます.そのときに脳内の脳波(神経細胞の活動)を見ることができます.そして大脳基底核の脳波を検出すれば,確かに到達したことが分かります(図4).病院によってはこの脳波の過程を省略して手術しているところもありますが,我々はこの脳波にこだわって手術をしています.その方がより正確かつ確実な手術を行うことができると考えています.
本当にそこに電極を埋め込んでもいいのか
座標通りに進め,脳波で確認し,いよいよ電極の埋め込みですが,本当にそこで大丈夫なのでしょうか.最終的に電極を埋め込む前にテスト刺激を行います.術中に電気を流して“お試し”をしてみるわけです.テスト刺激には2つの重要なことがあります.1つは効果があるかどうか.電気を流すことで症状が改善するかどうかを確認します.例えばふるえが止まる,こわばりがなくなる,手足の動きがよくなる,などです.もう1つは電気を流すことで副作用が出ないかどうかも見ています.半身のシビレや手足の動きがむしろ悪くなる,呂律が回らずうまくしゃべれない,などです.効果があって副作用のないところに電極を置くことが重要なのです.
さて,電極を脳に埋め込み,電池を胸に埋め込んだら治療は終了!ではありません.電極に先端には4〜8カ所のコンタクト(電気の流れるところ)があります.そのどこに電気を流すのか,あるいは何ボルトで,何ヘルツで刺激するのか,等々,手術の後から自由に設定を変えることができます.そのことこそがDBSの本領です.手術をする前までは薬の量や種類を調整することで病気と闘ってきたわけですが,術後は薬だけでなく,電気を調整することで病気と闘うことになります.つまり治療に幅が拡がるわけです.手術で治療が終了なのではなく,術後から新しい治療がスタートするわけです.入院中,術後の電気の調整は2週間程度かかりますが,それで調整は終了ではありません.外来でも調整を行います.何年か経って病気が進行した場合でもそれに合わせて調整していきます.
DBSユニット
DBS 手術はもちろん脳外科が行いますが,もともとパーキンソン病も本態性振戦もジストニアも神経内科領域の病気です.病気の診断も,薬を処方して治療していくのも神経内科で行われます.術後には上述のように,薬の調整と同時に電気の調整も行っていきます.それらは術前同様,神経内科医が行うことが望ましいわけです.つまりDBS手術では脳外科医と神経内科医がタッグを組むことが重要です.当院では神経内科医と脳外科医が,DBSユニットと呼ばれるチームを作り,密接に連携しています.術前は手術の適応に関する検討をしっかり行います.手術には脳外科医だけではなく神経内科医も参加します.術後の管理も協力して行っています.脳外科と神経内科は同じ病棟なので,患者さんのやりとりも病棟を変わることなく行えます.
このような環境のもと,現在(平成28年)まで50例を越えるDBS手術を行ってきました.今後もDBSユニットとして手術を進めていきたいと思います.
DBS手術と破壊術
DBS手術というのは平成7年に始まりました.日本においては平成12年からです.まだたかだか20年しか経っていません.しかし,機能障害を起こした大脳基底核を電気刺激ではなく,破壊することで機能を正常化させる手術は実に60年も前から行われていました.それは破壊術(凝固術)と呼ばれるものです.破壊することで正常化?と疑問に思うかもしれませんが,実はパーキンソン病をはじめ本態性振戦やジストニアでは,大脳基底核の活動が過剰になっていることがわかっています.DBSによる電気刺激も実は大脳基底核の活動を促進しているのではなく,電気ブロック,すなわち抑制しているのです.だから破壊することで機能が正常化するということになるわけです.ただ,破壊術というとちょっと怖い気がします.破壊するといっても本当にごくごく小さい部分ですが….DBSのよいところは,なんといっても破壊しないところです.電気のスイッチを切れば,もっといえば電極を抜いてしまえば,ほぼ元に戻すことができるわけです.また,術後に病気が進行したり,違う症状が出てきたりしたときにそれに応じて調整ができることがDBSの強みでもあります.平成12年以降,爆発的にDBS手術が世界中に拡がったのも,このようなDBSの長所よるものです.では,今ではもう破壊術はなくなったのか,というとそうではありません.破壊術にも長所はあります.それは器械を埋め込まないという点です.一回の手術で終了です.進行することがほとんどないような病気の場合は,術後に調整をする必要ないわけで,器械を埋め込まない破壊術を選ぶこともあるます.また最近では,同じ破壊術でもガンマナイフ(放射線)や超音波で行う手術も登場しています.症例によってはこれらの破壊術の方がよい場合もあります.しかし,当院では破壊術は行っておりません.もしご希望あれば病院を紹介いたします.
最後に
最後にもう一つ重要なこと.残念ながらDBSはパーキンソン病やジストニア,本態性振戦といった病気を治すことはできません.また,病気の進行を止めることもできません.あくまで症状を改善するのみです.DBS手術をしてもスイッチを切れば元に戻ってしまいますし,5年,10年すれば病気そのものは進行していきます.最終的なゴールは同じですが,そこに至るまでの生活レベルを,なるべくよい状態で保つことがDBSに期待されることです.
つまり,DBS手術はやらなくてはならない手術ではない,ということです.やらないからといって,現状と何ら変わりはないのです.ですから,手術を受ける,受けない,は患者さん自身が決めてください.我々の方から,やりなさいとは言いません.手術の効果が見込めるのかどうかの見解や手術のリスクはお話ししますが,最終決定はあくまで患者さん自身です.
DBS手術について詳しく話が聞きたいという方,お気軽に脳外科もしくは神経内科を受診してください.