横浜市立大学病院150周年記念イベント報告
(パネルディスカッション)

横浜市立大学病院150周年記念イベント報告(パネルディスカッション)

2022年10月1日(土)、横浜市立大学病院および医学部の創設150周年記念イベントを横浜市金沢公会堂にて開催しました。
ここでは、イベントの第2部として行ったパネルディスカッションの内容を紹介します。

[対談者]
株式会社ディー・エヌ・エー代表取締役会長 南場 智子 氏
スタンフォード大学医学部教授 中内 啓光 氏
横浜市立大学先端医療科学研究センター特別教授 武部 貴則 氏

[ファシリテーター]
附属病院長 後藤 隆久


尖った個性を育てられる地域・社会に

後藤:
まずは、今日ご登壇いただいた皆様が、今どのようなことに夢中になっているのか、エネルギーを注いでいるのかをお伺いできればと思います。

武部:
私は今iPS細胞の研究にエネルギーを注いでいます。既存の方法では治療が難しい病気に対して、iPS細胞で新しい内臓などを作ることによって病気の治療ができないかという研究です。
また、もう一つ『Street Medical®※(ストリートメディカル)』という領域にも力を入れています。高齢化が問題になるなかで、医療機関だけでなく生活のなかで人々の健康に貢献できる施策を引き出したいのです。街の中にゲームやアートを組み込んでいくことで楽しみながら身体を動かす仕組みを作っていきたいと考えています。

※Street Medical®:
横浜市立大学の登録商標。この商標は、医学(Medical)の学術体系に限らず、「実生活の環境(Street)」での知識・技術・アイデア・ノウハウを、積極的に医療の再定義に活用しようというスタンスを表現した言葉。

後藤:
iPS細胞の方から詳しくうかがいますが、武部さんは10年前にはiPS細胞を使ってミニ肝臓をつくる取り組みを始めていらっしゃいました。まだうまくいくかどうかもわからない非常に先進的で研究だったと思いますが、なぜそこに心血を注がれたのでしょうか。

武部:
たしかに先の見えない研究でした。でもここにいらっしゃる中内先生に「まずは3年やってみたらどうか」とアドバイスをいただき、取り組んでみることにしたのです。「研究を進めていくうちに次のフェーズが見えてくるのではないか」と助言をいただきました。

後藤:
なるほど。そこで人生が動いたわけですね。そんな助言をされた中内さんが最近エネルギーを注いでいることはなんでしょうか。

中内:
私はES細胞やiPS細胞を使って血小板をつくる研究を進めています。現在、輸血用の血小板は献血によって集めているのですが、これを人工的に製造することでより安定した輸血を行うことができるようになります。10年以上かかりましたが2021年に京大病院で最初のヒトへの投与が開始されました。また、ガンの新しい免疫療法にも取り組んでいて、来年には米国で臨床試験が始まると思います。さらに最近になって造血幹細胞を試験管の中で増やすことに成功しました。血液のガンを治療するために使える技術です。できるだけ早く実際の治療に使えるよう、さらなる研究を進めているところです。

後藤:
中内先生は拠点をアメリカへと移されましたが、その理由を教えてください。

中内:
日本では規制によってできないことにチャレンジしたかったためです。動物の発生環境を利用して、ブタの体内でヒトiPS細胞から移植できる臓器を作る研究を日米で協力して進めています。

後藤:
中内さんはウェブサイトで「日本は適切なリスクテイキングができないことが科学の発展にブレーキをかけている」という問題提起をされていらっしゃいますね。

中内:
日本は狭い環境に均質なタイプの人が詰め込まれています。そのため常に他人を意識して迷惑をかけないよう標準的なものを目指す傾向がある。そのような環境では、尖った個性はなかなか受け入れられません。先端医療とは相容れない環境であるといえます。

武部:
海外の研究所は研究員の自由度が高いですよね。私は横浜市立大学でもかなり自由にさせてもらっていますが、アメリカの動きやすさは特筆すべき点があります。私はアメリカに渡り28歳で独立をしたのですが、そこではスタートアップパックといってまず平均で1.5億円が支給されます。それを5年間好きなように使っていい。その5年の間に提携する企業をみつけたり次の研究の種をみつけたりすることができます。今の日本のシステムだとここまで裁量を持って自由に動けるという状況は中々ないと思います。 ただシステムというのは様々な背景や考えのもとでできているものなので、良い面も悪い面もあると思います。申し上げたとおり、横浜市大も非常にオープンで働きやすい環境ではあります。
ただシステムというのは様々な背景や考えのもとでできているものなので、良い面も悪い面もあると思います。申し上げたとおり、横浜市大も非常にオープンで働きやすい環境ではあります。

後藤:
なるほど、確かにそうですね。南場さんはいかがでしょうか。夢中になっていることはありますか?

南場:
今はなんといっても野球ですね! 横浜ディー・エヌ・エーはおかげさまでリーグ2位となりました。今、私の頭の中の9割はプロ野球クライマックスシリーズのことで占められています(笑)。まじめな話をすると、ディー・エヌ・エーは野球の他にも、バスケットボールチームである川崎ブレイブサンダースのオーナーになったり、相模原のサッカーチームの経営に参画したりと、神奈川をホームとしてスポーツで人と街を元気にすることに取り組んでいます。スポーツやエンターテイメントなどの体験を通して街や人を元気にしていきたいです。 またストリートメディカルを標榜する武部先生ともデータヘルスで連携して、少しでも健康にいいことをやり続けようという仕組みを作れればと考えています。「健康のために頑張る」のではなく、楽しく続けられる仕組みづくりのためにディー・エヌ・エーのノウハウを生かせられればと考えているところです。 日本経済を考えると、スタートアップの活性化が大事ですね。デライト・ベンチャーズを通してスタートアップに投資をしていきます。

後藤:
それこそ、尖った個性を持つ人材へのサポートにつながりそうです。南場さんはコラムのなかで「尖った人こそ必要だ」と力説していましたね。

南場:
10年前より増えたとはいえ、日本では起業することはまだ不人気です。先進国のなかでこの傾向を持つのは日本くらいですね。レールを外れること、メインストリームからはみ出ることが怖いのだと思います。
先ほど中内さんが武部さんにおっしゃったという「まず3年研究してみなさい」という言葉には感銘を受けました。キャリアにはいろいろな選択肢があります。それを楽しめる社会にしていかなくては。現在、さまざまな企業で「トランスフォーメーション」を進める機運が高まっています。けれど生え抜きの社員ばかりを集めて何をどのように改革しようとしているのでしょう。それでは難しいと思いますよ。ディー・エヌ・エーでは寄り道した人ほどプレミアをつけて採用しようという方針で進めています。

後藤:
22歳の新卒を一括採用するような流れを変えていくことが大事ですね。

南場:
教育の場が変わることも大事です。日本の教育は、「そんなことばっかりやっていないでまともになれ」と、夢中になれることを手放させようとします。日本はそこから変えていかなければならないと思います。

病院をオープンかつ高度な医療を受けられる場に

後藤:
それでは2つ目のテーマを伺いたいと思います。150周年を迎えた横浜市立大学病院では、2つの病院を統合することを伴う再整備を進めています。もし皆さんがこれを主導していく立場であれば、ここにどのような想いを込めますか?

武部:
ハピネスドリブンの提唱ですね。ストリートメディカルを進めていくうえで感じているのですが、日常のなかで、健康を高めるのとハッピーを高めるのでは入口が違うんです。「カロリーを消費しよう」と考えて動くのが健康を高めること、「アートを観に行こう」と動くのがハッピーを高めることです。
街のあちこちにハピネスドリブンのきっかけとなる物事を散りばめれば、人は楽しみながらいつの間にか健康になることができる。こういうアプローチもできると思うんです。
あとはさまざまな意義や価値観を持つ人、異なる階層の人が自分を誇れる場になっていくといいと思います。アメリカで勤務しているときには、ある清掃スタッフの方が私に話しかけてくれて「先生の研究のことを知ったよ。素晴らしい研究をサポートできて嬉しいよ」と言ってくれたんです。横浜市立大学病院が自分の役割や価値を見つけられる組織になるといいですね。

後藤:
大学や病院の中で頑張ることで、それが世界に貢献する感覚になればいいと。

武部:
自分が重要なプレイヤーであるという感覚を持つことは大事だと思います。

後藤:
中内さんはどうですか?

中内:
私が横浜市立大学病院に抱いている思いは一貫しています。アジアで最高の医療を提供する場にするということです。市民によってサポートされている病院は、市民のためにある。そのためには大リーグが世界中から優秀なプレイヤーをリクルートしてくるように優秀な医療者を日本だけでなくアジアからもちゃんとリクルートしてこなければならないと思います。相応の給料を払うためには資金が必要ですが、いい医療ができれば患者さんが増え、経済にゆとりができ、より独立した自由な組織になっていくと思います。

南場:
私は武部先生に近い考えです。身体の健康と精神はリンクしています。ここからは病気でここからは健康というラインはとても曖昧。だからこそ病院を開けた場として楽しみを共有し、みんなが健康になっていく所にできればいいと思います。そのような病院が地域にあるということは、市民の皆様にとっては心強いことなのではないでしょうか。

後藤:
たしかに、医学の世界は日進月歩で医学知識のある私たちですら追いかけていくことは大変です。患者の方々が情報を得る機会を増やしていくことは大変ですからね。

南場:
まさにそのとおりです。診療を受けても先生の言葉の意味がわからなくて不安になる方も少なくありません。かといって、お忙しそうな先生を捕まえて「詳しく説明してください」と言うことも難しい。何を言われたのか分からずに途方に暮れてしまう患者さんと医療者の間をつなぐ人、気楽に相談に乗れる人がいる空間があるといいですよね。

後藤:
再整備の際にはまさにその点を考えていきたいと思います。武部先生がおっしゃったハピネスドリブンの話ともディー・エヌ・エーは結びつけて活動をしていくことになりそうですね。

個人の力を尊重すること、それが横浜らしさにつながる

後藤:
さて、最後の質問です。横浜市立大学病院の未来を担う次世代と、彼らを支えてくださる皆様へ向けてメッセージをお願いします。

武部:
ブレを許容する、ズレを触媒するということを大事にしていってほしいと思います。飛躍するためには教科書的な発想から少しずれたプレイヤーが必要です。ブレること、ズレることをつないで成果に結びつくプレイヤーがほしいです。横浜市立大学病院はそういったことが比較的やりやすい環境だと思います。ぜひここの大切なカルチャーとして残していってほしいと思います。

後藤:
ブレやズレを許容することは、横浜市立大学病院だけでなく、横浜全体が持つカルチャーかもしれませんね。中内先生はいかがでしょうか。

中内:
個人を尊重し、武部先生のような人が思う存分能力を発揮できる場をつくっていってほしいと思います。自由であることがイノベーティブな発想には欠かせません。サイエンスを発展させる大事な要素です。また次世代の皆様には、いろいろな経験をすることが大事だと伝えています。快適な横浜にずっといたい気持ちもわかりますが、一旦リスクを取ってでも外へ出ていろいろな経験を積んで、やがてそれを横浜のプレゼンスをあげることにつなげてもらえればと思います。

後藤:
世界に打って出ろということですね。

南場:
夢中になっているときって辛くても幸せですよね。それから、人の役に立つということは相手が1人でも3000万人でも幸せだと思うんです。お二人の話を聞いていたら、横浜にはこの2つのことが満たされる土壌があるのではないかと思いました。だからこそ、夢中になれることを手放さずにいてもらえたらと思います。

後藤:
力強い応援、メッセージをありがとうございました。

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対談者プロフィール

南場 智子(なんば ともこ)氏

1986年: マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社
1990年: ハーバード大学で Master of Business Administration を取得
1999年: 株式会社ディー・エヌ・エー設立、代表取締役社長に就任
2021年: 女性初の日本経済団体連合会副会長に就任

中内 啓光(なかうち ひろみつ)氏

1978年: 横浜市立大学医学部医学科卒業
(在学中にハーバード大学医学部留学) 1983年: 東京大学大学院医学系研究科(免疫学)修了
1994年: 筑波大学基礎医学系・免疫学・教授
2002年: 東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター・ 高次機能研究教授
2008~17年: 東京大学医科学研究所・幹細胞治療研究センター長
2014年~: スタンフォード大学幹細胞生物学・再生医療研究所教授
2022年〜: 東京医科歯科大学高等研究院・特別栄誉教授

武部 貴則(たけべ たかのり)氏

2011年: 横浜市立大学医学部医学科卒業
2011年: 横浜市立大学助手(臓器再生医学)着任
2013年: 横浜市立大学准教授(臓器再生医学)
2014年: スタンフォード大学幹細胞生物学研究所客員准教授
2015年: シンシナティ小児病院 消化器部門・発生生物学部門 准教授
2017年: シンシナティ小児病院オルガノイドセンター副センター長を兼務
2018年: 東京医科歯科大学 統合研究機構 教授、
横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター長/
特別教授 を兼務