COVID-19パンデミックが1型糖尿病患者や2型糖尿病患者の受診や遠隔診療利用に及ぼした影響について
研究背景
糖尿病は日本において重要な慢性疾患のひとつであり、糖尿病の重篤な合併症を予防するためには、医療機関への定期的な受診が必要とされています。2019年からはじまった新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、日本では2020年4月10日に首都圏を中心に外出自粛要請などを含む緊急事態宣言を発出しました。これにより、受診行動が抑制され、効果的に治療継続ができないのではないかという懸念が生じていました。また、同時期に遠隔診療*1に関する規制緩和がなされ、これまで疾患などに制限のあった遠隔診療が、医師の判断により広く利用することができるようになりました。米国の報告では、新型コロナウイルス感染症が流行した際、対面診療が減少し、遠隔診療が増加したとの報告がされています。さらに、本邦では感染拡大期に糖尿病関連医療の減少傾向が報告されています。しかし、受診の減少傾向および遠隔診療の増加傾向について調査した研究はありませんでした。
そこで我々は、国内の大規模データベースを用いて緊急事態宣言発出前後における糖尿病の総受診数と遠隔診療の利用の変化を評価しました。
研究内容
本研究では、株式会社JMDCが提供する「JMDC Claims Database*2」を用い、2018年7月から2018年12月までに糖尿病であるとの基準を満たした1型糖尿病患者4,595人と2型糖尿病患者12万3,686人の合計12万8,281人を解析の対象としました。糖尿病の基準は先行研究に基づいて行われました。解析手法には差分の差法*3と呼ばれる手法を用い、2019年を対照として2020年の緊急事態宣言が発出される前の1~3月と4,5月の差を評価しました。また、性別や年齢、糖尿病合併症重症度指数*4による層別解析を実施しました。解析は糖尿病患者100人あたりで行われました。総受診数と遠隔診療の受診回数推移は図1の通りです。
解析の結果、1型糖尿病では5月に総受診が8.8回減少(95%信頼区間-10.85 ~ -6.74)し、同月の遠隔診療は0.54回増加(95%信頼区間 0.32 ~ 0.76)していたことが明らかになりました。また、2型糖尿病では5月に総受診が3.74回減少(95%信頼区間 -2.95 ~ -2.04)し、同月の遠隔診療は0.73回増加(95%信頼区間 0.68 ~ 0.78)していました。(図2)また、女性や高齢であるほど受診を控える傾向にあり、糖尿病合併症を有していると、総受診数が減少し、遠隔診療利用回数がわずかに増加する傾向がみられました。
今後の展開
今回の研究では、新型コロナウイルスの感染拡大により、1 型糖尿病患者と 2 型糖尿病患者それぞれで、受診数が減少していることがわかりました。特に1型糖尿病患者において100人あたり受診数が8.8回減少していたことは、必要なインスリンを処方することができないことにより生命をおびやかす可能性が示唆されました。また、遠隔診療は増加傾向がみられたもののごくわずかで、実質的に受診減少に対して寄与していないことが明らかになりました。遠隔診療が十分に利用されなかった理由は明らかではありませんが、遠隔診療を実施する医療機関側のインセンティブが少ないことや国民に対する遠隔診療の周知が十分でなかったことなどが考えられます。
新型コロナウイルスのような感染症の流行した場合においても、糖尿病などの慢性疾患の治療を継続することは合併症の予防のためにも非常に重要です。昨今のIT技術の発展に伴い、我が国においても遠隔診療が利用できる環境が整ってきました。遠隔診療を含めたヘルスケアの利用実態を把握し、社会のニーズ・変化に十分に対応できるようなヘルスケアシステムが構築していくことが重要であると考えられます。
論文タイトル: Influence of the COVID-19 Pandemic on Overall Physician Visits and Telemedicine Use Among Patients With Type 1 or Type 2 Diabetes in Japan
著者:Susumu Yagome, Takehiro Sugiyama, Kosuke Inoue, Ataru Igarashi, Ryotaro Bouchi, Mitsuru Ohsugi, Kohjiro Ueki, Atsushi Goto.
掲載誌:J Epidemiol. 2022 Jun 11. doi: 10.2188/jea.JE20220032.
用語説明
*1 遠隔診療:、医師-患者間において、電話・情報通信機器を通して患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為のこと。コロナ禍以前においては情報通信機器を用いたもののみを特に「オンライン診療」と呼んでいたが、コロナ禍においては特例的に情報通信機器だけでなく電話での診療も医療保険の適応になったため、総称として本文では遠隔診療を用いた。
*2 JMDC Claims Database:株式会社JMDCが保有している、複数の健康保険組合より寄せられたレセプト(入院、外来、調剤)および健診データを格納したデータベースのこと。
*3 差分の差法:統計手法の一種。ある一つの政策などを評価する際に、仮にその政策がなかった場合の傾向と比較する手法。本研究では、2020年の新型コロナウイルス感染拡大に対する緊急事態宣言の効果を評価するために、2019年の同月の推移を用いて分析した。
*4 糖尿病合併症重症度指数:ICD-10という、疾病に関する国際統計分類をもとに、糖尿病の合併症重症度をあらわすもの。