研究紹介

腫瘍研究

泌尿器科研究室の腫瘍研究の根幹をなす考えは”core challenger to cancer”であり、泌尿器科領域の癌を見かけにとらわれず、もっとも核心にもどって考え、研究し、その基本的かつ科学的な理解を癌の治療、診断など日常の臨床の進歩に役立てることを目的として研究が進められている。昭和49年以降は、細胞培養、染色体分析を中心にした細胞生物学とDNAや膜脂質の生化学を基本手法として研究が進められ、膀胱癌の温熱療法、レチノイドと細胞間協同作用、膀胱癌や横紋筋肉腫の染色体分析、制ガン剤の感受性試験法の開発、腎細胞膜のリン脂質代謝、腎癌細胞株の樹立、ヒト前立腺癌モデルの確立の研究が行われた。

昭和59年以降は細胞生物学、生化学に加えるに分子生物学の考えと手法の積極的導入が行われ、現在では、癌遺伝子、抑制遺伝子を中心とした癌の分子生物学研究が行われ、さらに現在はゲノム分析やプロテオミクスを用いた機能分析研究が主体となってきている。

腎臓癌の研究

当教室では、腎腫瘍の発生・進展過程に関与する遺伝子群を明らかにし、これらの遺伝子群と腫瘍の病理組織型や患者さんの臨床病態との相互関連の詳細を理解することで腎腫瘍の新たな診断・治療法の可能性、臨床への応用を一貫して目指して研究を行っている。

1. 腎癌発症関連遺伝子の解析研究と臨床への応用
1)VHL遺伝子研究

教室の矢尾(現、大和市立病院院長、名誉教授)は、米国国立がん研究所(NIH/NCI)のB. Zbar 博士の研究室に留学し、もっとも代表的な遺伝性腎腫瘍症候群であるフォン・ヒッペル・リンドウ(VHL)病家系の解析研究に携わり、その原因遺伝子の同定に成功した。帰国後さらに教室員とともに研究を進め、(1)この遺伝子が腎癌のなかで最も頻度の高い淡明細胞型の主要な原因遺伝子であること、(2)遺伝子情報に基づく新たな腎腫瘍組織亜型分類の可能性、(3)予後診断への応用への可能性を示した。
また教室ではVHL病患者の遺伝子診断を本邦で最初に開始し、VHL病の適正な診断、治療、フォロー法の確立に向けた研究を進めてきている。これまでに120家系以上、のべ300名以上の診断解析を行っている。以上のVHL遺伝子の発見とその後の機能解析により、それまで治療法がほとんどなかった進行性腎癌の精密医療の扉を大きく開けることに成功した。

2)MET, FLCN遺伝子の研究

NCIのZbar 博士の研究室へは引き続き、岸田、中井川(ともに現、神奈川がんセンター泌尿器科)が留学し、VHL遺伝子の機能解析とともに、1型乳頭状腎癌を遺伝性に好発する家族性乳頭状腎癌の原因遺伝子がMETがん遺伝子であることを明らかにし、その機能解析と治療応用の可能性について研究を行ってきた。中井川らはさらにMETが通常の淡明細胞腎癌の腫瘍化にも重要な働きを持ち、これを抑制するような治療の可能性を示した。また近藤(現、金沢八景近藤泌尿器科院長)はハーバード大学のKaelin博士(2019年ノーベル生理学医学賞受賞)の研究室に留学し、VHL欠失下でのHIF蓄積が腎腫瘍化に関与していることを明らかにした。

また馬場(現、熊本大学 国際先端医学研究機構 准教授)、蓮見、黄の各先生がNCIの泌尿器腫瘍学のM. Linehan部長のもとに留学し、同じく遺伝性腎腫瘍であるBirt-Hogg-Dube (BHD)症候群の原因遺伝子であるFLCNの解析を行い、腎癌におけるFLCN/TSC/mTORシグナル経路の研究を精力的に進めた。この研究には我々の教室も共同研究者として参加している。これらの一連の研究成果は、現在標準的に使われている遺伝子情報に立脚した腎腫瘍の病理組織亜型診断とともに腎癌の新規分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬およびmTOR阻害薬)の分子遺伝学的理論背景として少なからず貢献を果たした。

さらBHD症候群に関しては、古屋博士、中谷博士(ともに病理医)や、馬場博士(熊本大学)らとの共同研究(http://www.bhd-net.jp/)で、本邦の家系患者を集積するとともにその臨床病態の解明や分子遺伝学的解析、腫瘍発症関連遺伝子の研究を精力的に進めている。

その他、腎癌や泌尿器科腫瘍の研究では、Latif博士, Maher 博士(英国Birmingham 大学、Cambridge大学)らとも長年にわたり共同研究を行っている。

2.遺伝子研究成果の臨床への応用

FDG-PET画像検査は、腎尿路系の腫瘍では診断価値が低いとみなされ、これまであまり注目されていない検査だった。しかし教室のこれまでの遺伝子解析研究から、腎癌ではVHL遺伝子の不活化により、その下流のブドウ糖代謝経路の亢進がみられ、従ってFDG-PETが腎癌の診断に有用であろうという予測された。そこで中井川(神奈川がんセンター)が中心となり当大学放射線科との共同研究で、FDG-PET/CTによる腎癌の臨床診断研究を行っており、特に進行・転移例に対する分子標的薬治療の効果予測や判定に有用であることを見出し研究を進めている。

前立腺癌の研究

私たちは、以前より前立腺肥大および前立腺癌に対し、内分泌学的な観点から研究を行ってきた。また、ヒト前立腺癌組織を使って(すべての研究は院内の倫理委員会の許可を得た後、患者さんから同意を得た検体のみを使用)、前立腺癌特異的に発現している遺伝子の解析を行ってきた。さらに、p53遺伝子など癌抑制遺伝子の発現や、癌遺伝子であるc-myc遺伝子の発現、DNAポリメレース異常、テロメラーゼ活性の発現などを調べてきた。また、最近は癌と非癌部での遺伝子発現の違いを、PCRやDNAチップなどを使って解析中である。

世界に目を向けると、1988年にアンドロゲン受容体遺伝子がDr. Chanwnshang Changらによってクローニングされて以来、前立腺癌の研究は一気に分子生物学的な解析が行われるようになった。現在、私たちの研究室は米国ロチェスター大学医学部の主任教授であるDr. Changと共同し、ステロイド受容体を中心とした分子生物学的手法を用いて研究を行っている。
前立腺癌の治療上の問題は、内分泌治療施行中に治療抵抗性になることである。その詳細な分子機構はいまだ不明であり、私たち泌尿器科医にとって非常に大きな課題である。そこで、私たちは癌抑制遺伝子であるp53遺伝子を使った実験を行ったり、ビタミンD3を使用した細胞あるいは動物実験を行ったりして、その成果を発表している。このように、臨床に結びつける治療法の開発を、今後とも行っていく方針である。

臨床面では、早期前立腺癌に対しては、74歳以下であれば根治的治療を行っている。具体的には、前立腺摘出術を行っているが、平成16年より最新の放射線治療である小線源療法を始める。この治療は、長さ5mm程度のヨード125線源を前立腺内に永久刺入するものである。従来の外照射治療に比べ、約2倍の放射線量が前立腺にかかり、米国では手術と同じくらいの治療成績が得られている。今後は、早期前立腺癌治療のひとつとして採用されていくと思われる。また、他の放射線治療として、当院(医学部付属病院)ではIMRTという、非常に精度の高い外照射装置が導入される。これらの放射線治療を駆使することによって、手術療法と同様な結果が得られるものと期待している。

進行前立腺癌の治療は基本的に内分泌療法であるが、上述したように再燃癌での治療が大きな問題である。私たちは、現在新しい試みとして降圧剤を使った臨床研究を行っており、基礎データとともに随時学会で報告している。今後も、基礎・臨床の両面でブレイクスルーになるような新規の治療開発に取り組んでいる。

内分泌生殖学・再生医学の研究

泌尿器科学教室は歴史的に内分泌生殖学を一つの主要研究テーマとして取り組んできた。精巣、精巣上体、精管、精嚢、前立腺の内分泌機能、精子形成機能、視床下部-下垂体-精巣系の調節メカニズム、前立腺癌の内分泌治療を中心に様々な成果をあげてきた。また分子生物学的手法や細胞生物学的手法をもちいてあたらしい視点からの研究を進めている。若手研究者の留学も盛んで、これまでの留学先は、米国のピッツバーグ大学、ペンシルベニア大学、オーストラリアのモナシュ大学、等がある。留学で学んだ知識・技術を生かし、新たな領域に挑んでいる。

男子不妊症は泌尿器科学が対象とする疾患の一つだが、特に精液中に精子がいない患者さんや精子があっても動かない患者さんの治療は当教室の重要な研究テーマである。この様な患者さんの原因・病態の解明、治療法の確立を目標に研究を進めている。特に、培養下で精子形成を再現する試みに永年取り組んでおり、2011年にはマウス精子形成をin vitroで誘導し、精子幹細胞からの精子産生に成功した。産仔も得られており、その成果はNature誌に報告され注目を集めている。この他に、精巣腫瘍や白血病などの若い癌患者さん達の精子を15年以上保存し治療に役立てるとともに、抗ガン剤やホルモン剤が造精機能にどのように関わっているかを研究している。

また、生殖学から派生する形で再生医学への展開も試みている。生殖腺を皮下やin vitroで再構成する研究を継続しており、組織再生の機構を解明し、再生医療への展開を目指している。また、放射線治療の晩期合併症である放射線性膀胱炎や膀胱腸瘻などの対策として、再生不良組織の再生を目指して研究も開始した。泌尿器科領域においても幹細胞や組織再生力を利用した再生医療の発展が重要であると考えている。

医工連携・手術シミュレータの開発