女性事務部長の考える病院経営のカタチとは

女性事務部長の考える病院経営のカタチとは

執筆者:桑野美怜 樋口凛 金田七海

現在、社会医療法人愛仁会千船病院の事務部長を務めている車田さん。その仕事に対してどのような魅力を感じているのか、そしてこれからの人材育成について熱く語ってくれた。病院経営には様々な課題がある。そうした中でも、地域の健康を支えるために安定した病院経営を維持することの難しさを教わった。最後に、これからの病院経営を志す学生に向けてメッセージをいただいた。

――千船病院の事務部長としての仕事内容はどのようなものですか。

病院事務職員と一括りに言っても様々なセクションに分かれています。地域医療にかかわる仕事から、医師と直接対話をする仕事まで幅広いです。また、一般的な企業と同じように広報、経理などの機能もあります。これら各セクションの管理を行うとともに、事務部門だけではなく、病院全体の予実管理やオペレーション管理も事務部長の仕事です。

――病院の事務部長をしていて苦労したことは何ですか。

苦労ということではないのですが、例えば多職種横断で行うプロジェクトでは、みんなが同じベクトルを向いてプロジェクトを行うことに一定の難しさがあります。それは、個人もそうですし、職種によっても視点や価値観が多様であるからです。ただ、難しさの反面、やりがいがあり面白い部分でもあります。

――病院事務のやりがいや魅力はどのようなところにあると思いますか?

医療は生活に必要不可欠であり、そのような仕事にかかわれていることをまず誇りに思います。患者さんが元の生活に戻り、人としての当たり前の暮らしを送っているのを見ると、この仕事に対してのやりがいを感じます。日々の生活が途切れることなく、その人らしい生活を送ってもらうため、私たちは日々仕事をしています。健康な体、健康な心であること。皆さんは普段意識されないかもしれませんが、これほどかけがえのないものは無いと思います。

――文系学生にとって医療はハードルが高く感じると思うのですが、実際どうなのでしょうか。

私自身が文系出身ですが、そこに関して苦労はなかったです。医療に関する知識は、一患者として持ち合わせていた程度でした。患者さんと医師の対話を聞いたり、仕事の中で医師との会話をするなどして、日々学んでいました。新しいことに対して関心が強かったということもあり、日々の学びは苦ではありませんでした。医師をはじめ、医療専門職の方は教育熱心な方が多いので、質問をすると多くのことを教えてくれました。好奇心旺盛で探求心が強い人は、この仕事が向いていると思います。

――近年様々な職種で女性が管理職に就くことが増えていますが車田さんが実際に事務部長という管理職の立場になってみて、病院事務職における男女差を感じたことはありますか。

病院事務職員では、いまだに職務によって、職員数の男女比率に差がありますね。例えば、いわゆる「医療事務」と言われる職務はほとんど女性職員が担当しています。その一方で、経営戦略を考えたり、企画やデータ分析をする職務は男性職員の割合が高いです。将来管理職を担うには、前者だけではなく、後者の仕事経験も必要です。経験値の違いは後のキャリアにも影響しますので、課題があると認識しています。事実、総数は圧倒的に女性が多いのですが、職位が上がると男女比率が逆転するというのが実態です。全国展開をされている医療法人は除き、多くの医療法人は地域密着型です。そのため、大企業のように転居を伴う転勤も無く、女性特有のライフステージにも大きく左右されず、女性もキャリアアップしていける業界だと思います。男女の職務の偏りは慣習的な部分もありますので、是正していけるよう動いているところです。

――車田さんが勤める千船病院では産婦人科に力を入れているようですね。近年、少子化に伴い、日本の出生数が減ってきています。病院とはいえ、安定した病院経営が重要だと思いますが、千船病院ではどのようなことに力を入れているでしょうか。

少子化が進む中でも、幸いなことに、遠方からも分娩先として当院を選んでいただいています。特に無痛分娩の需要が高まっており、当院では、妊婦さんの半分近くが無痛分娩によって出産しています。

出生率が低下しているということは、女性一人が生涯の中で生む子供の数が少なくなっていることを指します。だからこそ、一回の分娩に対する価値が高まっていますので、常に高い要求水準に応えていけるよう、私たちも進化し続けなければならないと認識しています。それでこそ、選ばれ続ける分娩施設を維持していけると考えています。

――実際に事務部長として勤務する中で感じる病院経営の課題は何でしょうか。

 日本の病院経営には様々な法規制が存在します。例えば、診療行為の対価は国が定めているため、病院は自由に値決めをすることはできません。そうした制約が存在する中で、医師や看護師といった専門職の意見も踏まえ、より良い医療サービスを提供するために、医療の質と経営の質を両立させていくことが求められます。こうしたことが病院経営ならではの難しさであり、やりがいでもあると感じています。

――車田さん自身が感じる事務部長としての楽しさは何でしょうか。

 病院の責任者は病院長になりますが、事務部長は事務業務全般を統括する立場であり、経営分野において力を発揮できる裁量権の大きい仕事です。いわば、様々な課題を解決し経営を切り盛りする、まるで会社の社長のような存在だと考えています。そこがとてもやりがいを感じる部分でありますし、醍醐味であると思います。

――最後に、これから病院経営を志す学生に向けて、メッセージはあるでしょうか。

 病院は地域の方々にとって、なくてはならない存在です。地域住民の健康、生活を担っているインフラのようなもので、開業すれば簡単に撤退などはできない、責任が求められる仕事です。そのため、地域医療を持続的に提供していくためには、病院経営を担う人材の存在がとても重要です。医療専門職とともに、我々もチームの一員として、日々尽力しています。自法人のみならず、関係機関とともに、地域全体の健康維持を担っているのだという使命感を感じられる仕事であるということを学生の皆さんに知っていただきたいと思います。

今回のインタビューは、「女性の働き方」にフォーカスして車田さんに話を聞きました。病院事務職員においても男女で職務の差があることに、とても驚きました。しかし車田さんが指摘していたように、病院事務職員という職種は転居を伴う転勤が少ないといった特徴があり、様々なライフステージを考慮すると、非常に良い側面があることが分かりました。文系でも理系でも活躍の場がある病院事務職員という仕事において、特に車田さんのような女性管理職が増えていくことが、これからの病院経営にとても重要だと感じました。

今回インタビューをして、病院事務職員に対する考え方が変わりました。日々学びを得ることで自分の成長を感じながら、患者さんと関わり、そのやりがいを実感することのできる職業なのだと分かりました。

社会医療法人愛仁会
設立:昭和33年
起源:大阪市西淀川区 千船診療所(現在の千船病院)
モットー:貢献・創意・協調
職員数:約6500人
施設:急性期病院4施設・回復期病院2施設・介護施設15施設・健診センター3施設・看護専門学校2校
社会医療法人愛仁会 千船病院
所在地:大阪府大阪市西淀川区
病床数:一般病床・308床
病院機能:地域医療支援病院、地域周産期母子医療センター、大阪府二次救急告示病院、
     大阪府がん診療拠点病院、一次脳卒中センター、臨床研修指定病院、病院機能評価認定病院

対象者:車田 絵里子様
職歴:1999年3月 医療法人愛仁会 高槻病院 入職(管理部門、医事部門にて勤務)
   2012年4月 同 事務部医療秘書科 科長
   (2016年4月~2024年3月 勤務と並行し関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科、関西学院大学
   大学院経営戦略研究科博士課程後期課程へ進学。経営管理修士、博士号(先端マネジメント)を
   取得)
   2018年4月 同 愛仁会本部 人材開発センター 科長
   2019年4月 同 総務・学術人材開発グループ学術人材開発担当 部長代理
   2020年4月 厚生労働省医政局出向
   2021年4月 同 愛仁会リハビリテーション病院 事務部 部長
   2023年4月 同 千船病院 事務部 部長
   2025年4月 社会医療法人愛仁会 経営企画室 部長(タイ国業務担当)兼
              愛仁会臨床研究センター 部長(現在に至る)
その他:関西学院大学女性活躍推進センター研究員
    関西学院大学人間福祉学部 非常勤講師
取材時期:2024年9月11日(11:00~12:30)
取材方法:Zoomでのインタビュー