「病院の未来をデザインする」 経営を動かす医療事務の役割とは
執筆者:菅原羽琉 小川紗季
病院と聞いて思い浮かぶのは、やはり医師や看護師。しかしその”舞台裏”で病院を動かしている人たちがいることを知っているだろうか。数字を見て経営を支え、地域と医療現場を繋ぐ・・・日々病院を取り巻く環境を裏側から支えているのが病院事務である。
「自分たちがブレーンとなって、レールを敷くことができるんです。」都内大学病院にてソーシャルワーカーとして入職し、その知識と経験を活かして現在は横浜市立大学附属病院の総務課長を務めている友田安政(ともだ やすまさ)さんは、インタビューを通じて病院事務は医療経営をどう導いているのか、その役割や魅力、やりがいについて語ってくれた。
経歴・キャリア
Q 医療分野に興味をもったきっかけは何ですか。
―大学を選ぶ時に、自分は何をしてお給料をもらうのがいいのかなと考えた時、一般企業で働くのが自分の中でしっくりこなかったんです。社会福祉などの仕事は人の役に立ってその対価としてお給料をもらえるので、その方が自分自身にとって納得感がありました。それで社会福祉学科を受けようと思い、大学を選びました。
Q SW(ソーシャルワーカー)の資格を取ろうと思ったのはいつ頃からですか
当時(大学生)は病院で働くSWの存在も知りませんでしたが、大学4年間で医療SWという職種があることを知りました。病院実習に行ったときに、急性期の病院に入院する患者さんは、体だけでなくその人の人生も急変しているということを実感したんです。その人の人生のピンチの局面に、医療だけでなく生活の立場からサポートできるというのがSWの仕事だということを知り、そういう仕事は素敵だなと思って選択しましたね。大学卒業のタイミングで国家資格を取得し、都内大学病院に就職しました。
仕事の内容
Q 総務課長の仕事内容はどのようなものでしょうか
総務課の仕事は、主に庶務、施設管理、医療安全の3つあります。さらに、臨床工学技士という医療機器を扱う専門職も総務課の所属となりますので、自分の部下職員となります。私の仕事としては、係ごとの職員をマネジメントすることです。
Q 今力を入れて行っていることはありますか?
今特に力を入れているのは寄付の件数を増やすことです。今年度は前年比1.5倍の寄付案件数を獲得中です。
医師や看護師、他の医療技術職は患者さんに医療サービスを提供することで対価が発生します。でも事務は自分たちで1円も稼げません。病院職員や経営のサポートはしますが、事務がどんなに動いてもお金は生まれません。しかし、総務課の仕事で例えば寄付は、自分たちが頑張ってポスターを作ったりすればそのまま収入に直結します。病院内のコンビニや自販機もテナント代や売上手数料があり、その値段を交渉したりドラマ撮影のオファーを積極的に受け入れたり、自分たちの工夫ひとつで事務職にも稼げるゾーンがあるのは総務課長になって気づきましたね。病院収入の足しになって、それが積み重なれば、最新の医療機器を購入することができるようになります。こうして間接的に医療を提供するサイクルの歯車の1つになれていると思えるところは、病院事務職の魅力かなと今は思っています。
Q 総務課には全部で何人が所属しているのでしょうか
全部で50人ほどです。先ほどの庶務、施設管理、医療安全に加えて電子カルテを扱うシステム担当、臨床工学技師がいます。
Q 幅広い業務を50人の職員で行っていると連携が難しくなる時もあると思いますが、気を付けていることはありますか?
対立構造になってしまうことはどうしてもあるのですが、気を付けていることは頼まれたときや相談を受けたときは必ずオープンマインドで聞く、原則断りから入るようなことはしないようにしています。総務課の中でも医療安全とそれ以外の係で対立してしまうことはありますね。例えば、入院患者さんがいつ急変するか分からないから全員にモニターをつけようとすると、600台モニターを買うことになります。でもそのお金はどこから出すのか、どうやって医療機器を管理するのか、技師の負担も増えるというように相反することに直面します。そのため、バランスをどうとっていくのかというところは意識しています。次善策としては、リスクが高い人が分かるようなチェック項目を作成して、チェック項目に該当した人にはモニターが行き届くようにしましょう、まずは300台導入してみましょうといった落しどころを見つけていく作業は日々行っています。
Q SWをしていた経験が医療事務の仕事に生かされている部分はありますか?
すごくあると思いますね。一つはやっぱり医師や看護師の考えることや価値観が他の事務職より分かると思います。あとは、いい意味で諦めが悪い。SWの時は目の前に患者さんがいるため、「制度がこうだからしょうがないよね」と諦めることなんかできません。
例えば入院して車いすの状態になってしまった。車いすの手配や家に帰ってお風呂にどうやって入るか、ヘルパーさんに来てもらうとかやらなければいけないことがたくさんあります。日本では介護保険など公的なサービスがあって、それを使うことで自宅に帰るお手伝いをしていきます。でも介護保険はどんなに若くても原則65歳以上の人しか使えない。30代の人は使えないサービスですが、その人は車いすの状態で暮らしていかないといけないわけなので、介護保険が使えないなら他にどのような方法があるかを調べて探すという癖がついているなと思います。慣習でできないみたいなのは許せないので、その中に解決策がないかみたいな観点ではよく物事を見ています。それは元々あった特性ではなくて、SWをやっていた自分の経験を通して得たものだと思います。その諦めの悪さみたいな素養はSWの人生があったからだなと思っています。

ナッジチームについて
Q ナッジを活用しようと思ったきっかけは?
―日本医療マネジメント学会に参加した際に、ナッジの講演があり病院でもナッジが使えたらいいねと話していたら人事を担当している係長がナッジに詳しい人を紹介してくれて、去年その方を外部講師に招いて研修会を開催しました。
Q 今ナッジチームでどんな事に取り組んでいるのですか?
― ナッジチームには事務が4~5人、検査技師、放射線技師、臨床工学技士、栄養士の計10人がいます。
寄付の件数を増やすためにナッジを使いますが、まずはプロセスマップといって、望ましい行動に至るまでの一番初めのところから全部細かくマップを書いています。医師にお世話になったから寄付したいと思ってパンフレットを見る人もいますが、その前にホームページやポスターを見て寄付したいという人もいます。寄付したいという気持ちがどこから始まるのか、行動パターンを書いていきます。その中で8つのアクションプランを作り、その中で優先順位と重要度が高いものを整理して、やる内容や担当者、期限を決めていきます。
Q 実行までどのくらいかかるのですか?
寄付に関しては、キックオフミーティングから実行までは2か月ほどかかりました。オフィシャルのチームではないため上の承認も必要なく、実行までは早いですね。
Q 今のチームでは、寄付の活動がメインなのですか?
一つは寄付がメインのチームで、もう一つはガラスバッジの装着率を上げる活動をしているチームがあり、それぞれ5人ずつで活動しています。ガラスバッジとは、放射線の量を測るバッジのことです。放射線を使うエリアに入る人はその線量を測らないといけないという法律があります。しかし、医師でガラスバッジを忘れたりして付けずにエリアに入ってしまう人は多く、装着率が低いというのが課題になっています。そのためどうやったら医師のガラスバッジの装着率を上げられるかというのをやっています。その2つを今同時並行で進めています。
Q ナッジチームの最終的な目標やゴールは、寄付やガラスバッジ以外にも、病院内の課題を見つけて改善していくことを目的としているのですか?
―はい、本当にその通りで、そうなったら素敵だなと思います。あとは、その業務に精通している人がいないと成立しないので、今は10人の担当業務の中でしか工夫していません。今後オフィシャルなチームになれたら、例えば「糖尿病の指導が難しい」と看護師が相談に来てくれたら、その人をチームの一員として引き込んで、解決に向けて力を貸していくみたいにできたらいいなと思います。
学生へのメッセージ
Q 医療事務という仕事の難しさ、やりがいや魅力を教えてください。
当院の規模では約3000人の職員がいます。その一人ひとりに業務の改善や、個人の成長への意識を浸透させたり、病院が進んでいる方向性や計画を頑張って伝達しようと思いますが、なかなか全員に伝わっていきません。そこが難しいところだなと思います。先ほども述べましたが、医療安全と経営の相反するところも難しいですね。安全を優先しようと思えばコストがかさみ、コストを重視すれば安全が損なわれるため、そのバランスを取っていくのはとても難しいと思います。
当院では経営を専門に学んできた方は多くなく、医学を専門にしてきた方が多いんです。だから、そういう意味ではやりがいって自分たちがブレーンになって事務がレールを敷いて、これやりましょうよ、これ変えましょうよって言って会議にかけて改革していけるところはやりがいだと思います。
Q こういう人に魅力を感じる、こういう人がもっと増えてほしいなど学生のイメージはありますか?
自分に割り当てられている仕事・業務が先々誰の何の役に立つのか、この仕事の意義は何ということを考えられる人は強いなと思います。仕事に集中するのは大切ですが、それを踏まえた上で、将来何に役立つのかを考えることが大切です。例えば、病院で働いているのであれば、この仕事が周り回って病院のどんなところに役立っているのか、患者さんにはどんなハッピーを提供できるのかみたいに考えられる力がある人は強いと思います。たしかに作業を作業としてこなしても、一定程度は回るんですよね。でもそれだとたぶんやっていても面白味もないだろうし、発展もしないと思うんです。だから、自分が今やっている作業はそれを通じて誰が楽になったり、ハッピーになったりするのかっていうのをちゃんと思い描けるかどうかは重要だと思いますね。
学生の感想
私たちは今回のインタビューを通して病院経営における医療事務の存在がとても大きいことを知り、驚きと同時に強い関心を持った。病院といえば医師や看護師というイメージが強かったが、実際には事務職が“ブレーン”として経営を導き、病院全体の土台となっていることを学べたのは新しい発見だった。多方面と関わりながら職員全体に意識を浸透させ、組織の方向性を一致させることの難しさや、安全と経営という相反するものの間でバランスをとる大変さを聞き、病院を運営することの複雑さを実感したとともに、その困難に真剣に取り組む友田さんの姿を見て、非常にかっこいいと感じた。
また、友田さんが最初はソーシャルワーカーとして入職し、その経験が現在の総務課長としての業務に活きているというお話も印象的だった。特定の職種に限らず、小さなキャリアの積み重ねが将来思いがけない形で自分の強みになることを知り、学生として今後の進路を考える上で励みになった。
さらに、友田さんの言葉の通り「与えられた仕事をただの作業で終わらせず、意義を見いだして取り組むこと」の大切さも心に残った。自分の仕事がどう役に立つのか、どうすればもっと良くできるのかを考える姿勢は、どんな分野で働いても必要になると思う。今回のインタビューを通して、医療経営の難しさとやりがいを知り、将来のキャリアに向けて新しい視点を持つことができた。

写真右側 横浜市立大学附属病院 医学・病院統括部 総務課長 友田安政 氏
法人・病院概要
横浜市立大学附属病院
設立:1991年(平成03年)医学部附属病院として開院、2005年(平成17年)公立大学法人横浜市立大学附属病院として開院。
理念:「市民が心から頼れる大学病院」を目指し、医療、教育、研究、人材育成、イノベーションを通じて、私たちと私たちが関わる全ての人々の幸せに貢献します。
教職員数:1791名
病床数:671床(一般病床 632床、精神病床 23床、結核病床 16床)
診療科数:39診療科
インタビュー対象者プロフィール
友田 安政(ともだ やすまさ)様
職歴:
2002年 都内大学病院にソーシャルワーカー(SW)として入職
2007年 横浜市立大学附属病院にSWとして転職
2014年 横浜市立大学 学生担当係長に昇任
2017年 横浜市立大学附属病院へ異動、SW部門係長から総務課 庶務係長へ
2024年 横浜市立大学附属病院 医学・病院統括部 総務課長に昇任(現在に至る)
取材情報
取材は2025年9月19日に横浜市立大学附属病院にて、横浜市立大学附属病院 医学・病院統括部 総務課長の友田 安政さんにインタビューを行った。