現場と経営の架け橋として 

現場と経営の架け橋として 

深澤さんに聞く病院経営のリアル 

執筆者:内田裕己 望月胡羽 寺岡佐和香 

 市民総合医療センターで管理部長を務める深澤博さん。この仕事は「やりがいしかない」と語った裏側には、多額の赤字を抱える大学病院経営の厳しい現実があります。人件費や医薬品費の高騰に診療報酬の伸びが追い付かないことや患者数が減少し集患が難しくなっている中、深澤さんは病院経営をよりよくするために4つの経営改善プロジェクトに取り組んでいます。 

ここでは、経営の最前線に立っている深澤さんに大学病院の立て直しについて迫ります。そして、厳しい環境だからこそ生まれる「やりがい」、さらには学生へ贈る実践的なアドバイスを伺いました。 

__医療経営に興味を持ったきっかけは何ですか。 

大学卒業後は横浜市に就職しました。病院を希望していたわけではなかったのですが、結果的に病院配属となりました。人事異動で2006年に横浜市民病院で医事課係長になってからずっと医療に携わっています。最初の病院事業課では市立病院を束ねる部署だったため、医療用語は知っていたり、決算書を見たりしていました。しかし、実際の現場はどのように動いているのかははっきりと分からずでした。 

__横浜市立市民病院、横浜労災病院、横浜市立大学付属病院、横浜市立大学附属市民総合医療センターと様々な病院で働かれていますが、大学病院の特徴はありますか。 

市民病院などと比べて大学病院の一番大きな違いは、医師の数が多いことです。センター病院は約500人、市民病院は約200人、労災病院は約270人で、どの病院も規模は大体同じ600床くらいです。人数の違いはありますが、どこの病院もやるべきことは一緒です。回復期の病院などは経営のノウハウは変わってきますが、規模が同じくらいの急性期病院はやるべき方向は大体一緒だと思っています。そのため、他の急性期病院で上手くいった取り組みをそのまま同じようにやると、功を奏することもあります。 

__長年病院で働いてみて、「医療現場」と「経営」の視点の違いはありますか。 

病院では患者さんが困らないようにやっていく必要があります。現場で、「これがあればとても便利だけど、たくさんお金がかかる」となったら投資できない部分があります。例えば、センター病院では、駐車場に車が並んでしまう時があります。駐車場を増やした方がいいのは当然ですが、増やすととてもお金がかかってしまうのでできません。 

できること、できないことがありますが、現場をよく見て、本当に患者さんが困っていることや、少しお金をかけたら直ることは、やった方がいいと思います。基本患者さんに選ばれないといけません。街中にたくさん病院がありますが、病院にかかるのならば、評判の良いところにかかりたいと思うのが一般的でしょう。評判が良いというのは、「どれだけ患者さんを思えるか」ということであり、そこは経営と方向が一緒だと思っています。現場で起こっていることをしっかり受け止めて、必要なことを経営としてやっていく。その意味では、現場も経営も同じ方向だと思いますね。 

医療事務のやりがいとは 

やりがいしかないですね。病院経営は結果が数字で出ます。患者さんが増えれば黒字になりますし、減ったら赤字になるといったように分かりやすいです。しっかりとした取り組みができていれば改善するのは間違いないです。努力したことに関しては結果として数字で見えるので、民間企業に近いかもしれません。病院経営の結果は分かりやすいからこそ、手応えや得られる達成感は大きいです。 

深澤さんが現在取り組んでいるプロジェクトについて 

__現在行っている経営改善ワーキングでは具体的にどのようなことを行っていますか。 

今年度は4つあって、初診紹介患者数を増やすこと、加算算定を取ること、重症病床の効率的な運用、手術室の効率的な運用です。加算算定を取るというのは、診療報酬の加算の算定漏れを防いでいきましょうということです。大学病院の難しいところは3年程度で若手の医師が変わります。つまり、500人いる医師うちの3割~4割に当たる約200人が変わってしまうのです。そうなると、去年常識だったことが、今年の新しい200名の医師にとっては常識ではなくなり、徹底させるのが大変です。加算も病院によって運用ルールが変わるので、きちんとレクチャーする必要があります。意識の統一を図っていくことが課題です。重症病床の効率的な運用については、診療報酬が高い集中治療室(ICU)などの病床稼働を高めていきましょうということです。 

__4つのプロジェクトの中で一番大変な項目は何ですか。 

初診紹介患者数を増やすというのは、どこの病院もやろうとすることで、とても難しいです。患者さんの医療に対する認識や行動を明らかにする厚生労働省の「受療行動調査」によると、コロナ以降に患者数が減って、コロナ前の水準まで患者数が戻っていません。世の中から患者さんが減っているのが現状です。特に、センター病院のような大きい病院は地域の診療所からの紹介で受診することが多く、どこの急性期病院も集患に苦労しています。センター病院は色々PRしていて、新たな治療の紹介をしたり、LINEで初診予約できるとPRして、受診しやすい体制を作ったりしています。我々は開業医との連携が大切になるので、その先生たちにもPRしています。 

手術室の運用について、自院では昨年、約9700件の手術をしています。これは結構多くて、受け入れられる手術数の限界が近づいている中でもう少し増やそうとしています。診療科ごとに時間割のように手術室の時間を組んでいますが、時間を使い切れない科では、違う科がその時間を使うという対策をしています。 

手術の件数は、麻酔科の医師、手術室に入れる看護師の数で決まります。部分麻酔の場合、麻酔科の医師が関与しなくてもいいこともあるため、そこを整理する対策を考えています。どの病院でも、経営改善に一番繋がるのが手術です。そのため麻酔科の医師や看護師を必要としています。皆が必要としているからこそ、麻酔科医や手術室に入れる看護師の人員確保は難しいのです。手術室が足りない病院は増やせば経営改善されますが、当病院は手術室の部屋自体は余裕があります。センター病院では初診患者数を増やすこと、手術室効率的運用を改善することが4つのプロジェクトの中では特に難しいかもしれません。 

__病院同士の連携で、課題や取り組んでいることはありますか。 

初診患者を増やす取り組みとして、診療所などの医師から大切な患者さんを当院に紹介してもらえるように、信頼関係をより強固にしようとしています。昔、大学病院は専門医療機関という考えがあり、紹介いただいた患者さんを断ることもありました。しかし現在では、そのようなことはなく、紹介していただいたら診察します。大きな病院であれば、CT、MRIなど様々な検査ができますが、診療所などではなかなか判断がつかない場合があります。念のため患者さんを大学病院へ紹介してもらい、もし大きな問題がなければ診療所などへ逆紹介します。そうすることで、診療所などの医師も心配がなくなるでしょう。そのようなキャッチボールを出来るようになれば信頼してもらえますよね。そこをさらに強くしていくことが課題です。 

__病院経営において一番経費がかかるものは何ですか。 

人件費、医薬品費、医療材料費です。人件費が経費の45%くらい、医薬品も同じくらいかかります。とても効果が高い分、価格も高い薬がたくさん出てきています。人件費については、公務員の給与も昨年から上がっており、支出はどんどん増えています。 

病院の収入は診療報酬からで、2年に1回改定されますが、令和6年度に改定された時には0.88%が上がりました。病院の人件費が支出の約半分を占め、人件費は1.5%、3%と増えていますが、診療報酬は0.88%しか増えていません。毎年、人件費は上がりますが、収入は増えませんので、結果的に赤字になってしまいます。大学病院は職員が多いので、特に大変です。 

医療材料も高額で、例えば、人工関節や人工血管は何十万円、何百万円もしますが、それは診療報酬としてお金が返ってきます。一方で、内視鏡、感染予防のガウンは2000円くらいですが、これには診療報酬が設定されていません。そのガウンが、物価が上がっていくことで、さらに値上げされて、病院の負担は増えていきます。 

掃除などの委託事業者の人件費も上がっています。しかし、診療報酬が決まっているので収入は上がりません。赤字だからといって、手術の値段を上げられません。こうしたことが全国の病院が赤字になっている背景です。これは経営努力の範囲を逸脱していると考えます。 

この30年ずっとデフレ社会でした。それが急にインフレになり、モノの値段が上がって、賃金も上がり始めています。しかし、病院は収入の部分がそこの仕組みに対応できていないのが現状です。どのようにアジャストしていくか厚労省も困っていると思いますよ。赤字の原因は診療報酬、公定価格に尽きます。 

  

__赤字を補填する策の一つに寄附があると思いますが、どのくらい集まりますか。 

寄付金は年間1000万円くらいですかね。昨年は10億円の赤字で全く追いついていません。経営努力をしても赤字になるのは制度上の綻びだと思います。チラシなどを活用して寄付を集めていますが、もっとやり方はあると思います。寄附は所得控除にはなるのでぜひお願いしたいです。 

学生へのメッセージ 

__病院経営に興味を持った学生、若手人材に期待することは何ですか。 

今、医療は複雑です。一番の問題は少子高齢化。2024年の国民医療費が48兆円。国民医療費が段々と膨らんでいます。増えている理由には、薬代が高くなっているなどの要因があります。一方、総人口が減っていってしまうため、財源の確保が厳しくなっています。その苦しい状況がある中で、効率的に医療を提供しなければいけません。「工夫しよう」「改善しよう」と熱意のある人に来ていただいたらやりがいはあります。 

  

__学生のうちに身につけておくべき知識は? 

学生時代は勉強のタイミング。例えば、診療報酬は中央社会保険医療協議会(中医協)で決まっていきます。中医協は診療側と支払い側、つまり、医療費を支払われる側と支払う側、それに加えて中立的な立場である公益委員が入って議論して、政策の内容が決まっていきます。このような物事の決まり方を学習する良い機会でしょう。医療で学習したことは福祉でも役に立ちます。それ以外の全く別の分野でも役に立ちます。医療政策などの決まっていく過程を勉強しておくと、その知識はどこでも活用できます。学生時代はフレームワークを学ぶのに良い機会だと思います。 

感想 

今回のインタビューを通じて、医療事務の魅力や、病院経営の難しさについて深く知ることができました。特に印象に残っているのは、深澤さんが「数字が出るからやりがいがある」とおっしゃっていた言葉です。この一言には、成果が見える病院経営の仕事の面白さと同時に、結果が求められる厳しさも感じました。また、このプロジェクトを通じて、自分自身の医療に関する知識の浅さにも気づくことができました。今後は、医療経営をより深く理解するために、フレームワークや関連知識の学びをさらに深めていきたいと思います。 

法人・病院概要 

公立大学法人横浜市立大学附属市民総合医療センター 

設立:1871年(明治4年)4月 市民総合医療センターの元となる「仮病院」を設立。 

   2005年(平成17年)4月 公立大学法人化。 

  「横浜市立大学附属市民総合医療センター」と改称。 

病床数:655床(本館608床、救急棟47床) 

理念:私たちは、市民の皆様に信頼され「地域医療最後の砦」となる病院を 

            創造します。 

内科・外科などが一体となってチーム医療を提供する10の「疾患別センター」と25の「専門診療科」を有し、重症・難治性疾患に対する高度・総合的医療を提供している。また、横浜市内唯一の高度医療 センターも保持しており、生命に危険のある重症かつ緊急性の高い患者さんの受け入れを24時間体制で行っている。質の高いがん医療や高度専門治療のためのロボット支援手術など、高度な医療を提供している。 

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深澤博 

【経歴】 

1997年4月~2000年3月 横浜市へ入職(衛生局病院事業課)  

2006年4月~2011年12月 横浜市立市民病院 医事課係長  

2012年1月~2014年3月 横浜市立市民病院 総務課係長  

2014年4月~2017年3月 横浜市医療局医療政策課 救急・災害医療担当係長   

2017年4月~2019年3月 横浜労災病院 事務局次長  

2019年4月~2023年3月 横浜市立大学附属病院 医事課長兼地域連携課長  

2023年4月~2025年3月 横浜市立大学附属病院 医学・病院企画課長  

2025年09月現在     横浜市立大学附属市民総合医療センター 管理部長  

取材時期:2025年9月24日(水)16:30~17:30 

取材方法:対面