研究内容

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私たちは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やヒトB型肝炎ウイルス(HBV)、ヒト白血病ウイルス(HTLV)、風疹ウイルス、ヒトパラインフルエンザウイルス(HPIV)などの複製・伝播機構の解明、ウイルス感染症に対する新たな治療法・予防法の開発などを行っています。従来の方法では合成が難しいウイルスタンパク質を、コムギ胚芽を用いた無細胞合成系で発現させ、以下のような様々な解析を行っています。

 

(1)宿主-ウイルス相互作用解析とウイルス複製機構の解明

ウイルス感染症の成立には、宿主因子とウイルスタンパク質間の相互作用が必須で、このことはウイルスの増殖、複製、病原性発現にも重要な役割を果たします。とくにタンパク質のリン酸化やユビキチン化といった翻訳後修飾は、そのタンパク質の機能を調節する上で極めて重要な機構です。しかし、ウイルスタンパク質の翻訳後修飾とその重要性についての知見は十分ではありません。そこで私たちは、ウイルスタンパク質の翻訳後修飾に着目し、宿主-ウイルス相互作用を網羅的に解析することでウイルスの複製機構や病原性の解明を目指しています。

リン酸化酵素やユビキチン化酵素のライブラリーを作成し、ウイルスタンパク質と相互作用するものを、コムギ無細胞合成系とAlphaScreen法を組み合わせた定量的プロテオミクス解析によって探索しています。これまでにHIV Gagタンパク質やVpuタンパク質のリン酸化調節に関わる因子の同定に成功し、これらの因子が実際にウイルス複製を制御していることが分かりました。また、この技術を応用し、膜タンパク質とウイルス外套タンパク質との相互作用解析によって、ウイルス侵入レセプター探索も行っています。

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▼関連論文

Kudoh A et al., The phosphorylation of HIV-1 Gag by atypical protein kinase C facilitates viral infectivity by promoting Vpr incorporation into virions. Retrovirology. 2014 Jan 22;11:9.

HIVタンパク質Gagをリン酸化するキナーゼaPKCを同定しました。aPKCによってリン酸化されたGagは、ウイルスタンパク質Vprとより結合できるようになり、結果としてマクロファージへのHIVの感染性を高めることが分かりました。

Miyakawa K et al., Interferon-induced SCYL2 limits release of HIV-1 by triggering PP2A-mediated dephosphorylation of the viral protein Vpu. Sci Signal. 2012 Oct 9;5(245):ra73.

HIVアクセサリータンパク質Vpuの脱リン酸化を引き起こすSCYL2を同定しました。SCYL2によって機能を失ったVpuはTetherinを拮抗することができず、結果としてHIVの産生を阻害することが分かりました。

▼関連記事

神奈川新聞 2014年6月13日付

http://www.yokohama-cu.ac.jp/amedrc/event/p466ae000000k39f-att/p466ae000000on52.pdf

日刊工業新聞 2015年4月23日付

https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00340571?isReadConfirmed=true

 

(2)ウイルス感染症に対する新しい治療法・予防法の開発

2-1. 酵素活性を指標とした薬剤スクリーニング系の構築

私たちは難治性ウイルス感染症に対する新しい治療法・予防法の開発にも力を入れています。例えば、コムギ無細胞合成系を用いて作製したウイルスプロテアーゼは、試験管内においても酵素活性を有していることが分かりました。そこで私たちはこの酵素活性を迅速に検出できるアッセイ系を構築し、ウイルス複製阻害薬の探索を行っています。

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▼関連論文

Matsunaga S et al., Molecular and enzymatic characterization of XMRV protease by a cell-free proteolytic analysis. J Proteomics. 2012 Aug 3;75(15):4863-73.

コムギ無細胞系により作製したXMRV PRの酵素活性を指標としたアッセイ系を確立し、酵素活性を阻害する薬剤の探索およびPRの標的となり得る宿主タンパク質を同定しました。ウイルスタンパク質の作製手段としてのコムギ無細胞系の有用性および確立したアッセイ系による阻害剤の探索への活用を示しました。

 

2-2. ウイルス検出系の構築、中和抗体・ワクチン開発

近年、プロテオーム解析技術の発展により、患者血清や組織から様々な新興ウイルスが発見されています。これら新興ウイルスの検出や基礎研究には、ウイルスを特異的に認識する抗体が必要不可欠です。従来の方法で可溶化が困難だったウイルスタンパク質でも、コムギ無細胞合成系を用いることで比較的容易に、しかも大量に作製することが可能です。私たちはこれまでにHPIV3 HNタンパク質やHBV HBxタンパク質の可溶化に成功し、様々なアプリケーションに使用可能なモノクローナル抗体を作製しました。同時に、コムギ無細胞系で作成したウイルスタンパク質が、予防ワクチンとして使用できるかといった試みも行っています。また、患者血清中のウイルス特異的抗体・抗原の検出を行うことで、ウイルス性疾患の発症予測や予後の判定に活用できるようなシステム作りを行っています。

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▼関連論文

Matsunaga S et al., Wheat germ cell-free system-based production of hemagglutinin-neuraminidase glycoprotein of human parainfluenza virus type 3 for generation and characterization of monoclonal antibody. Front Microbiol. 2014 May 13;5:208.

コムギ無細胞系によりHPIV3の膜タンパク質である全長 HNタンパク質を合成、精製し、免疫抗原への活用としてモノクローナル抗体の作製および経鼻ワクチンへの応用を報告しました。

Senchi K et al., Development of oligomannose-coated liposome-based nasal vaccine against human parainfluenza virus type 3. Front Microbiol. 2013 Nov 26;4:346.

薬剤輸送システムとして報告があるマンノースが付加型リポソームにHNタンパク質を封入した経鼻型ワクチンと免疫増強剤であるpoly (I:C) を共にマウスへ経鼻投与することにより、抗原特異的なIgGおよびIgA抗体の産生を確認しました。抗体産生が確認された血清はHPIV3感染を抑制することから、本システムがHPIV3感染を抑制する新たな手段となりうる可能性を示しました。

Yamaoka Y et al., Development of monoclonal antibody and diagnostic test for Middle East respiratory syndrome coronavirus using cell-free synthesized nucleocapsid antigen. Front Microbiol. 2016 April 20.

コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系により作製した高品質な抗原を用いて、MERSコロナウイルスを正確に検出可能なモノクローナル抗体を開発しました。さらに、本抗体を用いてMERSコロナウイルスを短時間で、簡便かつ正確に検出可能なイムノクロマトキットの開発に国内で初めて成功しました。

▼関連記事

朝日新聞デジタル 2016年4月26日付

http://www.asahi.com/articles/ASJ4V63MRJ4VULBJ015.html

科学新聞 2016年5月27日付

http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~saikin/wp-content/uploads/2016/05/20160527科学新聞(梁先生).pdf

読売新聞 2016年5月30日付

http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~saikin/wp-content/uploads/2016/05/20160530読売(梁先生).pdf