患者さん、そして医療関係者以外の皆様にご挨拶申しげます。
| 2006年4月1日に赴任いたしました後藤隆久です。 横浜市立大学の2つの附属病院では、総勢50名を超える麻酔科医が働いております。2病院あわせて24の手術室で行われる、年間1万件を超える手術のうち、局所麻酔(歯医者さんで歯を深く削ったり抜いたりするときに歯茎に打たれる麻酔と同じもの)で行われる手術を除くすべての手術の麻酔を行っております。また重症患者さんの集中治療や、簡単には治らない痛みを取り扱うペインクリニックを担当し、病気の痛みや治療のつらさを和らげる緩和ケアや救急医療にも参画しています。 |
![]() |
横浜市立大学附属病院![]() |
手術における麻酔は、人間の食生活における水のようなものです。決して目立たないですが絶対必要ですし、ただ飲めればいいというものではなく、質の管理も重要です。日本では残念ながら麻酔科医が大幅に不足しており、全国レベルでみると全身麻酔の3分の1が専門外の医師によって行われているという現実があります(日本麻酔科学会2005年マンパワー調査)。日本において、専門外の医師が行った麻酔と麻酔科医によって行われた麻酔を比較した調査はありませんが、アメリカにおいては、麻酔科医が麻酔を行うことによって、患者さんの手術後生存率が改善するというデータが出されています(Silber JH, et al. Anesthesiology 2000; 93: 152)横浜市大附属2病院では、麻酔科医が全国でもトップレベルの手厚い診療、指導体制を敷いて麻酔をおこなっておりますので、どうぞご安心ください。 |
横浜市立大学附属市民総合医療センター![]() |
|
| 麻酔科医の仕事は、ただ麻酔薬を投与しておしまいというものではありません。手術は種類によっては体にかなりの負担になりますし、患者さんの術前の状態や他にお持ちの病気により、この負担に耐える力は変わってきますから、手術をできるだけ楽に、安全に乗り切れるよう、麻酔科医は術前から術中、術後にかけてさまざまな工夫を行います。たとえば糖尿病をお持ちの患者さんの場合、手術中から術後早期は食事がお召し上がりになれませんから、インスリンをどのように使って血糖をコントロールするかを考えます。また糖尿病によっておこりうる臓器障害(たとえば心臓や腎臓の障害)がないかどうかを評価し、あればどのようにしてそれらの臓器を保護して手術の期間を乗り切るかを考えるのも麻酔科医の仕事なのです。 麻酔科学の進歩により、かなり健康状態の悪い患者さんでも手術治療の恩恵を受けることができるようになりました。ただし、手術や麻酔の危険度は患者さんお一人ずつ異なりますので、手術前に(主治医が必要と認めた場合は手術予定を決める前に)、必ず麻酔科医が診察の上、ご説明いたします。 麻酔科の外来では、様々な慢性痛の患者様の治療を行っています。対象となる疾患としては、脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアによる腰下肢痛や上肢痛、変形性脊椎症による腰痛、帯状疱疹痛、三叉神経痛、がん性疼痛など非常に多岐にわたります。麻酔科でのペインクリニックの特長としては、神経ブロック療法という局所麻酔薬とブロック針を用いて一時的に疼痛を遮断し、これを何回か行なう事によって痛みを和らげて行く方法があります。神経ブロック療法以外にもレーザー治療や薬物療法、カウンセリングなどを通して難治性の慢性痛の緩和にあたっています。特殊な神経ブロック法として、高周波熱凝固法用の機器も完備しており、主に脊柱管狭窄症やがん性疼痛の治療に活用しています。当科の外来では紹介状がなくても診察いたしますが、複雑な経過で医療機関にすでにおかかりの方は、なるべくかかりつけのお医者さんからの紹介状をお持ちいただいたほうが我々の診療もスムーズとなります。様々な痛みでお困りの方で、難治性と言われている方はぜひ一度相談に来ていただきたいと思います。 横浜市大医学部麻酔科では、これからも診療の充実と、次世代を担う医師たちの養成に全力で取り組んでまいります。 |
◇ 専門分野
麻酔科学
日本麻酔科学会指導医
アメリカ麻酔科認定医
アメリカ集中治療認定医
◇ 経歴
1987 東京大学卒業、
帝京大学医学部附属市原病院麻酔科研修医
1988 マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント
引き続き、集中治療フェロー
1993 帝京大学医学部附属市原病院麻酔科
2002 帝京大学医学部麻酔科教授(板橋病院集中治療部)
2006 横浜大学大学院医学研究科 生体制御・麻酔科学教授
◇ 学会
日本麻酔科学会代議員、総務委員
日本臨床麻酔科学会評議員
![]() |
平成20年2月14日付 読売新聞 『医療を変える A』 画像をクリックするとPDFファイルが開きます |
![]() |
平成19年 院内広報誌 特集記事 画像をクリックするとPDFファイルが開きます |
■麻酔とは
麻酔は、手術操作による痛みを取り除くほか、手術によるストレスを和らげ、体が受けるダメージを減らすことを目的としたものです。手術中の大出血による血圧低下など、突然起こるさまざまな状態変化に対応するのも麻酔科医の役目です。
■麻酔方法
麻酔は、意識があるかどうかで全身麻酔と局所麻酔に分類されます。麻酔科医が行う局所麻酔には、脊椎(せきつい)麻酔、硬膜外麻酔、末梢神経ブロックなどがあります。一般には、手術の種類や患者さんの状態によって麻酔方法を決定しますが、患者さん自身の希望で選択することが可能な場合もあります。希望がある場合は、手術前に訪問する麻酔科医と相談してください。
■今回の手術の麻酔法
今回のあなたの麻酔法は
□ 全身麻酔 □ 脊椎麻酔 □ 硬膜外麻酔
□ 全身麻酔と硬膜外麻酔 □ 脊椎麻酔と硬膜外麻酔 □ 末梢神経ブロック
□ 全身麻酔と末梢神経ブロック
の予定です。
ただし、病状が変化した場合や予定した麻酔法が技術的に難しい場合、その時点で最良と思われる麻酔方に変更することがあります。
また局所麻酔単独で行う場合、効果が不十分な場合や手術時間が延長した場合、全身麻酔に変更することがあります。
一般に、手術終了後は全身状態が安定するまで手術室内で観察し、その後病室に帰室していただいています。しかし、呼吸や血圧が不安定なときや、手術の大きさが予想以上に大きくなったときは、大事をとって手術後に集中治療室(ICU)で経過を観察させていただくことがあります。
また、出血が多くなって、生命に危険が及ぶと判断したときは、輸血を行うことがあります。
◎全身麻酔
肺からの吸入や静脈内に投与した麻酔薬が、中枢神経(脳)に作用して痛みや手術のストレスを感じなくさせます。麻酔中は意識がなくなります。全身麻酔中は人工呼吸で呼吸の補助をします。人工呼吸をするためには、空気を気管から肺に送る管が必要です。この管は、意識がなくなってから、口又は鼻から気管内に入れますが、そのときに歯を傷つけることがあります。とくにぐらぐらした歯、まばらに残った歯のほか、口が開きにくい人や顎が小さい人も、歯が傷つく危険性が増します。われわれは、十分注意して行いますが、麻酔の覚醒途中で歯をくいしばることなどによって傷つくこともあり、100%防ぐことはできません。
手術後は、吐き気や喉の痛みを感じたり、声がかすれたりすることがありますが、しばらくすると改善します。手術中は、できる限り安楽な姿勢をとれるよう心がけていますが、手術に必要な体位をとることにより、関節痛や神経障害をおこすことがあります。また非常にまれですが急激に体温が高くなる悪性高熱症という予知できない合併症を引き起こすこともあります。
※歯の保護について
われわれは、歯牙損傷を防ぐために最大の注意を払いますが、万一損傷が生じたときのため以下の内容を御了解頂きたいと存じます。
1.歯周病や齲歯(虫歯)などで歯にぐらつきがある場合や、セラミックなど破損しやすい義歯を装着されている場合は、手術前に麻酔担当医または主治医に御相談の上、本院口腔外科を受診されることをお勧めします。状態によって歯を保護するプロテクターを作ることもありますが、歯のぐらつきが大きいときなどには、プロテクターが有効でない場合もあります。
2.麻酔中にやむを得ず歯に損傷を生じた場合は、その時点で適切な応急処置を行い、手術終了後に口腔外科の診察を受けていただきます。この場合は、原則として健康保険を適用しての治療となり、御本人負担分はご負担いただくことになります。
◎脊椎麻酔
脊髄が入っているくも膜下腔という部分に局所麻酔薬をいれて、下半身の感覚を麻痺させます。下のイラストのように横向きになってもらい腰の背中側から細い針を刺します。少量の麻酔薬で広範囲の無痛が得られ、数時間持続します。麻酔をかけてすぐには触った感じが残ることが多いのですが、最終的には痛みを含めた下半身の感覚はなくなり、動かすこともできなくなります。麻酔の広がりが足りない場合は、再度行なうこともあります。手術中は意識がありますが、状況によっては鎮静薬で眠っていただくこともあります。
血が固まりにくい人、抗凝固療法が必要な人には行えない場合があります。
副作用として、血圧の低下、吐き気、頭痛、神経障害、一時的に尿が出にくくなったりすることなどがあります。
◎硬膜外麻酔
硬膜外麻酔は、 手術操作による痛みを取り除き、手術によるストレスを和らげ、体が受けるダメージを減らす優れた方法として、現在広く行われている麻酔法です。局所麻酔薬を、脊髄を覆う膜(硬膜)のすぐ外側に注入し、感覚を麻痺させます。下のイラストのように横向きになって、背中から針を刺します。一般には細い管を入れ、そこから繰り返しまたは持続的に薬を注入するので、術後の痛みを抑えることに利用できることも特徴です。この麻酔法も単独では意識は残りますが、しばしば全身麻酔と併用します。
血が固まりにくい人、抗凝固療法が必要な人には行えない場合があります。
副作用として、局所麻酔薬中毒、硬膜穿刺、頭痛、神経障害、局所の感染などを起こすことがあります。
◎末梢神経ブロック
手術の痛みを伝える神経を手術をする場所から離れた位置で局所麻酔薬を用いてブロックすることにより痛みを止めます。全身への影響が少ない方法です。単独でも手術が可能ですが、全身麻酔と組み合わせて行う場合もあります。当院では効果的で副作用が少ない末梢神経ブロックを行うために、神経刺激装置や超音波診断装置を用いて神経を見つけ、神経に針が直接触らないで済む方法をとっています。
副作用として、まれに局所麻酔薬中毒や神経障害、局所の感染や出血を起こすことがあります。
□ 腕神経叢ブロック:首、肩、鎖骨の下、わきの下から局所麻酔薬を神経の周りに浸潤させます。鎖骨、肩から腕、手の平までの手術に適 しています。場合により術後鎮痛のための細い管を入れ、持続的に局所麻酔薬を注入します。
□ 大腿神経ブロック:太ももの付け根から局所麻酔薬を神経の周りに浸潤させます。股関節、太ももの前面、膝の手術に適しています。場合により術後鎮痛のための細い管を入れ、持続的に局所麻酔薬を注入します(特に膝の手術)。
□ 坐骨神経ブロック:お尻、太ももの付け根、太ももの裏から局所麻酔薬を神経の周りに浸潤させます。太ももの後面に及ぶ手術、膝から 下の手術に適しています。場合により術後鎮痛のための細い管を入れ、持続的に局所麻酔薬を注入します。
□ 閉鎖神経ブロック:脊椎麻酔または全身麻酔がかかった後に太ももの付け根から神経刺激装置を用いて神経を見つけ、局所麻酔薬を注入します。泌尿器科の経尿道的手術の際にしばしば必要となります。痛みをとることが目的ではなく手術を安全に行うことができるようにするのが目的です。
□ 腹壁ブロック:超音波診断装置を用いて、片方もしくは両側のわき腹または腹直筋内の神経が走行している位置を見つけ、そこに局所麻酔薬を注入します。
■手術後の痛み止めについて
手術の部位によっては術後の痛みを和らげるために、局所麻酔薬を神経のそばに持続的に注入したり、点滴から痛み止めの薬を持続的に注入する装置が使われる場合があります。この場合、あなたのお手元にボタンをお渡しします。痛みを感じた場合には我慢しないでボタンを自分で押してください。すぐに鎮痛薬が注入されます。ボタンを何回押しても入る薬の量には上限がありますので、副作用を心配してボタンを押すのを我慢する必要はありません。痛み止めの必要量には大きな個人差がありますので、あなた御自身でボタンを押していただくことにより薬の量を調節し、最良の鎮痛を最小の副作用で得ることが出来ます。自分でうまく押せなければ看護師に押してもらっても結構です。場合によっては吐き気、だるさ、ふらつき、眠気などが出ることがありますので、そのような場合には看護師に申し出てください。
また、この装置を使用しない場合でも我慢しないで看護師または主治医に申し出てください。主治医が予め準備してある痛み止めが処方されます。この場合、副作用を防ぐために鎮痛薬の使用間隔をあけなくてはいけない場合があることを予めご了解下さい。
■手術前後に守っていただきたいこと
たばこは、痰を増加させ、気道を過敏にし、血液の酸素運搬を障害します。手術を無事に乗り切るために、手術前の禁煙を強くお願いします。
麻酔中に嘔吐すると、重症の肺炎になることがあります。 安全に手術を受けるために、指定した時間以降の飲食を禁止させていただきます。
手術の前後は、普段飲んでいる薬の量や種類が変更になることがあります。術前の指示に従ってください。
もし、誤ってこれらの指示を守れなかった場合には、最善の方法を再検討いたしますので、ご自分の安全を守るために必ずご連絡くださいますようお願いします。
■おわりに
人間は、呼吸や血圧など生命の維持に必要な機能を自分で調節する能力を持っています。しかし、麻酔薬はこれらの能力を抑えるため、麻酔中は呼吸や血圧の維持を自分でできない状態にあります。出血や薬剤のアレルギー反応など思わぬ事態も不利に働きます。麻酔科医はこのような患者さんの生命を維持するために、呼吸や血圧などを厳重に監視し、人工呼吸を行ったり血圧を調節する薬を投与したりしています。しかし、人間が持っているすべての機能を完璧に代行することは難しく、不安定な状態になることがあります。調査によると、麻酔が原因で重大な合併症(意識障害や死亡)を起こす頻度は数万件に1例あるといわれています。
また手術中および術後の寝たきりの時期に、下肢の深部に静脈血栓が生じ、それが肺につまってしまう肺塞栓という状態がおきることがあります。これも頻度は低いですが、重篤な場合には心臓が停止してしまうことがあります。
われわれは、このような事態の発生を極力防ぐべく、最大限の努力をして皆さんの安全の確保に努めています。
麻酔の方法などに関してわからないことがありましたら、いつでも麻酔科に主治医を通じてご質問ください。
当院は大学病院という立場上、患者さんの病気を治すことに加え、臨床(患者さんの診療や治療)の際に発見された重要な事がらを関係する領域の医療者に知らせるという使命もあります。学術集会での発表や論文がこれに当ります。現在の医療の発展の一部は過去におけるこれらの努力の集積によりますが、今後の医療に役立てるために、あなたの今回の入院中のことについても学会報告することがあることを御了解いただきたくお願い致します。ただし発表に際してはあなたのお名前等個人情報が外部へ漏れない様、プライバシーの保護には最大限配慮することをお約束致します。尚、協力することに同意されない場合でも不利益を受けることはありませんので、ご安心ください。